「ファウスト(I・II)」

ゲーテ/高橋健二訳

(I) ドットブック 5021KB/テキストファイル 92KB

(II) ドットブック 292KB/テキストファイル 173KB

各600円

ファウストは学問と知識に絶望して、悪魔のメフィストフェレスと契約をかわして魂を売りわたし、その見返りにすべての地上の快楽を手に入れ、享受しようとする。ファウストは秘薬を手に入れて若返り、マルガレーテとの恋を成就するが…(第1部)。マルガレーテの処刑からくる自責の念からよみがえったファウストは、皇帝の城、古代ワルプルギスの夜、ヘレナとの家庭生活など、次々に生命の諸相を体験する。やがて人生の〈たそがれ〉を迎えたファウストは盲目のなかで自分の大事業を見とどけようとしながら、思わず「時よ、とどまれ」と口にする(第2部)。ゲーテが60年の歳月をかけて完成した欧米文学の記念碑。 ゲーテも賛嘆したドラクロワのリトグラフ挿絵16点入り。

ゲーテ(1749〜1832)父は帝室顧問官、母は同市市長の娘という裕福な市民の長男として生まれる。ストラスブール大学で法律の勉強をしながら、彼の情熱は恋愛と創作のほうに注がれていった。折りからの疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドラング)時代の旗手としてドイツのみならず外国でも有名となる。他の代表作に『ヴィルヘルム・マースターの修業時代』『ファウスト』『詩と真実』『イタリア紀行』などがある。死に際して「さ、よろい扉をあけておくれ、もっと光を。…もっと光を」とつぶやき、ワイマールで82歳の生涯を終えた。

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【概要】
 ゲーテは錬金術や中世の神秘主義をかりて、世界の根元を究めようとするファウストの超人的な欲求を説明する。尋常の手段では達しがたい彼の欲求に応じて出現する地霊は、地上のいっさいの現象を支配する霊であるが、神の支配を受ける。それにさえファウストは圧倒され、絶望することから、この劇は展開する。実利主義的な助手ヴァーグナーの登場によって、ファウストの苦悩はいっそうつよい感銘を与える。後半では、ファウストの深い悩みと復活祭の美しい雰囲気を独白と合唱によって荘重な迫力をもって表現している。

〔高い丸天井の、狭いゴシック式のへやの中、ファウスト、落ちつかないようすで、机に向かい、ひじ掛けイスにかけている〕
【ファウスト】ああ、わしはこれで哲学も
法学も医学も
あらずもがなの神学まで
熱心に骨おって研究しつくした。
そのあげくがこのとおり哀れな愚かものだ。
前よりちっとも賢くなってはいない。マギステルだの、ドクトルだのとさえ名のって、
もうかれこれ十年も
あげたり、さげたり、斜めに横に
学生たちの鼻をつまんで引っぱりまわしている――
そしてわれわれは何も知りえないのだということを悟っている。
それを思うと、この胸が焼けてしまいそうだ。
いかにもわしは、ドクトルだ、マギステルだ、
法律屋だ、坊主だというような、だて者よりは利口だ。
わしは、惑(まど)いや疑いに悩まされることはない。
地獄も悪魔もこわくない――
そのかわり、わしはいつさいの喜びを奪い去られた。
ひとかどのことを知っているなどと、うぬぼれはせず、
人間をよりよくし、改宗させるために
何か教えることができると、うぬぼれもしない。
財産も金も持たなければ、
世間の名誉や栄華も持たない。
こんなふうにしてこれ以上生きることは、犬だってごめんだろう!
そこで、わしは、霊の力とことばで、
なにがしかの秘密がわかりはしまいかと、
魔術に身をまかせた。
そうすれば、自分の知りもしないことを、
つらい汗を流してしゃべらなくてもよくなるだろう、
この世界を奥の奥で総括しているものが
なんであるかを知ることができ、
いっさいの作用の力と種子〔錬金術の用語で元素のようなもの〕を見ることもでき、
もう、ことばなんかせんさくしなくてもよくなるだろう、と思って。

おお、あふれる月の光よ、
おまえがわしの苦痛を見るのもこれが最後ならいいが。
わしはほんとにいくども夏夜中、
この机によって寝もやらず、おまえの出るのを待ったものだ
それからおまえは、心かなしげな友よ、
わしの本や紙の上を照らした。
ああ、おまえのやさしい光を受けて、
山のいただきを歩くことができたら、いいのだが。
山の洞穴のあたりを霊どもとただよい、
草はらの上をおまえのおぼろな光の中で動きまわり、
いっさいの知識のもやから解き放たれ、
おまえの露を浴びて、すこやかになることができたら、いいのだが。

悲しや! わしはまだこの牢獄にいるのか。
のろわれた、息ぐるしい壁の穴、
ここには、やさしい天の光さえ、
絵をかいた窓ガラスを通して陰気にさしこむのだ!
山と積んだ本でところ狭きまでだ。
それは、シミ虫に食われ、ちりにおおわれている。
そして高いまる天井まで、
すすけた紙がつっこんである。
ガラスの入れものや、いろいろな缶(かん) がまわりに並べてあり、
いろいろの器械がいっぱいつまっており、
先祖伝来の家具がその上に押しこんである――
これがおまえの世界だ。これが一つの世界だというのだ!

それなのにおまえはまだ、なぜおまえの心臓が
不安に胸の中で圧しつけられるのかと、尋ねるのか。
なぜ説き明かせない苦痛が
おまえのあらゆる生命の発動をはばむのかと、尋ねるのか。
神は人間を、生きた自然の中へ
つくりこんでくれたのに、それをすべて避けて、
おまえはすすとかびの中で、
動物や人の骸骨に取りまかれているのだ。

逃げよ! さあ! 広い世界へ!
ノストラダムス〔十六世紀のフランスの占星学者・医者〕自筆の、
この神秘に満ちた本は、
おまえの道案内に十分ではないか。
それで星の運行もわかり、
自然の教えを受けたら、
魂の力がさめて、
霊と霊がどうして語り合うかがわかる。
ひからびた思いでこうやって
神聖なしるしを説き明かそうとしてもむだだ――
おまえたち、霊どもよ、おまえたちはわしのそばに漂っている。
わしの言うことが聞こえたら、返事をせよ。
 

……「悲劇 第一部」冒頭より


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