「ガミアニ夫人」

ミュッセ/山本泰三訳

ドットブック版 83KB/テキストファイル 47KB

400円

フランス浪漫派の詩人ミュッセが若いときに書いた愛欲物語。

目次

第一夜
一 ガミアニ夫人の舞踏会の場
二 ガミアニ夫人とファニイの悦楽をのぞき見ること
三 ガミアニ夫人とファニイの悦楽に加わること
四 ガミアニ夫人いままでのさまざまな体験を告白すること
五 ファニイに身をもって人生の謎をといた歓びを告白させること
六 アルシッド自らの経験を物語ること
七 夫人が地獄の饗宴をつくすのをファニイとのぞき見すること

第二夜
一 ファニイが再びガミアニ夫人の誘惑に陥るのをのぞき見ること
二 ガミアニ夫人、修道院での経験を物語ること
三 ガミアニ夫人、修道院の院長さんが蕾をやぶったいきさつを物語ること
四 ガミアニ夫人、修道院の夜の贖罪の儀式のありさまを物語ること
五 ガミアニ夫人、修道院を出るに至ったいきさつを物語ること
六 ガミアニ夫人、フィレンツェでの愛と悦楽を物語ること
七 ガミアニ夫人とファニイ、悦楽をつくして死にいたること

立ち読みフロア
 真夜中の鐘が鳴っても、ガミアニ伯爵夫人のサロンは、まだ灯りで煌々(こうこう)とかがやいていました。
 輪舞や四人一組になって踊るカドリルは、うっとりさせるような管弦楽の音に合せわて、くるったようにくるくる舞っていました。女たちの衣裳はどれもこれも眼のさめるように美しく、胸の間には宝石がきらきら輝いていました。
 この舞踏会の主人役をつとめている夫人は、あでやかに振舞いながら、いそがしそうにたちまわっていました。大した費用をかけて準備したという評判のこの舞踏会が大成功だったので、夫人は心から愉快に思っている様子でした。彼女は、ちやほやともちあげるようなことをいってくれる人や、出席させてもらったお礼に、惜しみなくお世辞をふりまいてくれる人に、たのしそうな微笑をうかべていました。
 いつも物事を裏まで見ようとするくせのある私は、世間の人が彼女を賛美している色々な評判とは別に、とにかくこのガミアニ伯爵夫人に妙なところが一つならずあるのに気付いていました。社交界の人としての夫人についてはとうに判断がついていましたが、あの胸に情火をたたえた女としての夫人が、どうしても私にはわからない謎なのでした。社交界の女としての夫人の振舞いだけでは何としても説明のつかないものが、何だかわからない異常なものがあって、この女の生活の奥底にあるものを見破ってやりたいという気持ちを抑えることができませんでした。
 夫人はまだ若いのに、たんへんな財産をもち、世間の人にその美しさを評判されているのですが、この女は両親がなく、これといって親密な情人もいないらしく、いわぱこの世でひとりぼっちのようなのです。それでいて、夫人の暮らしの様子といったら、派手な暮らしの社交界のなかでも、きわだって派手な暮らしの仕方をしているのでした。
 一部の人は夫人のことをなんだかんだとうるさくいうのですが、結局は悪口になってしまうのでした。しかし、それにしても、別段これという証拠があるわけではありませんから、あの伯爵夫人は謎の人だということになっていました。
 ある人は、あの女はフョドラだよ、といっていました。つまりバルザックの小説にでてくる血も涙もない薄情女のことです。また他の人は、夫人はかつて魂を深く傷つけられたことがあって、それ以来二度と裏切られないように、また男の情熱の薄さに失望したりしないように、寄って来る男たちの情火をわざと見ぬふりをして、そうした色恋の沙汰(さた)から逃れて暮らしたいと思っているのだ、などといっているのでした。
 今、舞踏会の主人役としてはなやかに振舞っている夫人を目の前に見ながら、私は女としての夫人のこの謎を何とかして解こうと、色々と考えをめぐらして見るのでしたが、どうしてもだめで、満足のゆくような答えは一つも出ては来ませんでした。
 くやしまぎれに、もうこんな女のことを考えるのはやめにしようと思っていたとき、私のうしろで話し合っていた古狸(ふるだぬき)の道楽男の人が一段を声をあげてこんなことをいうのが聞えました。
「フン、あれかい、あれは同性愛の女だよ」
 同性愛の女! この言葉は稲妻のようにきらめいて、いままでどうしてもわからなかった、女としての夫人の謎のすべてが、一瞬にして解けてしまうように思われるのでした。
 同性愛の女! この言葉は、なんという異様なひびきで人の耳に聞えることでしょう。それは、見たことも聞いたこともないような、ただれた逸楽のすがた、みだらな淫欲のすがたで目の前に現われて来るのです。気もそぞろになるような狂熱、荒れくるうような耽溺(たんでき)――それは頂点まで行っても決して満足することのない怖ろしい享楽のすがたなのです。
 たちまち私の空想はすぐ目の前に全裸になった伯爵夫人を見るのでした。夫人は白い裸身に髪をふりみだし、もうひとりの女の腕にだきしめられて、喘(あえ)ぎ狂って、身も心もとろけたようになりながら、しかもついに最後の満足のない悦楽に身もだえするのです。
 私の血は火のように燃えあがり、感覚はうずうずして、しぴれるような感じがして来るのでした。わたしは呆然としてソファに身をおとしたのです。  

……「一 ガミアニ夫人の舞踏会の場」より

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