「ガルシア=マルケス全短篇」

ガルシア=マルケス/神代修他訳

ドットブック 338KB/テキストファイル 258KB

1260円

「死」や「夢」など根源的な主題を実験的手法で描き、溢れんばかりの活力を小説に甦らせたコロンビアのノーベル賞作家ガルシア=マルケスの短篇全集。「青犬の目」「ママ・グランデの葬儀」「純真なエレンディラと非情な祖母の信じ難くも悲惨な物語」と題されてまとめられた初期・中期・後期の三つの短篇集所収の26編を収録。巻末の詳細な「作品解題」とあいまって、この作家の誕生から円熟にいたるまでの足跡をつぶさにたどることができる。

ガブリエル・ホセ・ガルシア=マルケス(1928〜)コロンビアの作家。ボゴダ大学法学部中退後、リベラル派の新聞「エル・エスペクタドール」の記者に。かたわら小説を書き、政府弾圧による新聞社閉鎖後、最初の短編集を出す。67年に発表した長編『百年の孤独』は架空の都市マコンドの消長を描き、世界的なベストセラーになり、魔術的リアリズムの旗手として多くの作家に多大な影響を与えた。他の代表作に『族長の秋』『コレラの時代の愛』『予告された殺人の記録』など。

立ち読みフロア
 世の不信心なる者どもよ、これは、マコンド王国の女王として九十二年にわたって統治を続け、去る九月の火曜日に有徳の誉れの下に他界し、その葬儀にはローマ法王も参列したというママ・グランデの偽りなき物語である。
 心底から動揺していた国民も、ようやく平静を取り戻し、サン・ハシントの笛吹きやグアヒーラの密輸業者、シヌーの農夫、グアカマジャールの娼婦、シエルベの呪術師、アラカターカのバナナ業者らも、連日にわたる喪(も)の憔悴から立ち直るべくテントを張って店を出し、共和国大統領と大臣たち、そしてこの歴史上に輝く葬儀において国家権力と超自然的威力を発揮した連中も落ち着きを取り戻し、もとの勤めに戻った。さて、ローマ法王も昇天し、マコンドが、埋葬にやって来た群衆の残していった空き壜に吸い殻、食べかすの骨やブリキ罐、ぼろ布に排泄物などで足の踏み場もないありさまである今こそ、歴史家たちが訪れる暇を見つけるまでのあいだに、表のドアに腰掛けをもたせかけて、この国家的感動を始めから詳しく語るべき時なのである。
 十四週間前のこと、冷湿布・芥子湿布・マッサージと手を尽くした治療にいつ果てるともしれない夜々を過ごした後、熱に浮かされて末期の苦悩におそわれたママ・グランデは、遺言を残すため、長年愛用してきた籐椅子(とういす)に坐らせるよう命令した。それは死を前にして、残された唯一の役目を果たすためだった。朝のうちに、アントニオ・イサベール神父の介添えで安らかに昇天するためのお祈りもすませて、もはや、枕元で不眠の看病をしている正統相続人たる九人の甥たちに金庫の中味を配分するだけになっていた。百歳になんなんとする神父は、一人でぶつぶつしゃべりながら、やはり部屋に留まっていた。彼をママ・グランデの寝室まで連れてくるのは、男十人がかりの大仕事であったため、臨終の間際に二度手間をとらなくてもすむよう、そこに留めおかれることとなったのである。
 最年長の甥で武骨者の大男ニカノールは、カーキ色の服に拍車付きのブーツをはき、三十八口径で銃身の長い連発拳銃(リボルバー)をシャツの下に納めると、公証人を迎えに行った。四世代分の大櫃(ひつ)やがらくたが埃にまみれている暗い部屋がいくつもある、糖蜜とオレガノの芳香が漂う二階建ての広大な館は、その待望の一瞬に向かって前の週から麻痺しているようだった。かつて八月のけだるい日曜日には、皮を剥がれた豚や血の気の失せた鹿が吊されていた鉤(かぎ)が並んだ奥深い中央廊下に、使用人たちが塩叺(かます)や耕作用具の上に寝ころがって、途方もなく広い荘園の領界内に弔報を告げてまわるため、馬に鞍を置けという命令を待っていた。家族の残りは広間にいた。相続問題と徹夜のせいで顔色の悪い女たちが、幾度となく重ねられた喪の総決算である最後の喪に服していた。ママ・グランデの布(し)いた厳格な母系制度は、財産と家名にお決まりの鉄条網を張りめぐらすこととなり、その中で伯父は姪(めい)の娘と、従兄弟は叔母と、兄弟は義姉妹と結ばれ、近親結婚の悪循環をまねく複雑な血縁関係を生んでいった。ただ一人、最年少の姪マグダレーナだけは、その輪から脱け出そうとした。アントニオ・イサベール神父の脅しに震えあがって悪魔払いを受け、剃髪して俗世の栄光も虚栄も捨て、修道院に入って修行の身となったのである。正統の家族に加えて、男たちはその身分の特権を行使した交わりを結んで、牧場、通り道、山間の農場を私生子だらけにした。子供たちは、ママ・グランデの名付け子・下僕・寵臣もしくは庇護者として、名もない召使い連中の間に入り混じっていた。

……「ママ・グランデの葬儀」冒頭より

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