「華麗なるギャツビー」

フィッツジェラルド/佐藤亮一訳

ドットブック版 192KB/テキストファイル 197KB/原書テキスト版 150KB

400円

ロングアイランドの小高い丘の上に豪奢な邸宅をかまえ、夜ごと大宴会を催す不思議な男。誰に対してもソツなく応対する気さくな男だが、その金は、資産は、いったいどこからくるのか? ときおり怪しげな電話がかかってきて席をはずすかと思えば、真夜中に一人、海を見つめてなにやら瞑想にふける……だがその謎もついに明るみに。「失われた世代」の作家の代表作。

F・スコット・フィッツジェラルド(1896〜1940)アメリカの作家。プリンストン大学在学中に第一次世界大戦に従軍。その経験をもとに、青春の夢と希望の挫折をするどい感性で描いて、「失われた世代(ロスト・ジェネレーション)」を代表する作家となった。「華麗なるギャツビー」は20世紀を代表する文学の一つとなった。だが、結婚生活の破綻もあって、晩年は生彩を失った。

立ち読みフロア

 私がまだ若く、いまよりも心が傷つきやすかったころ、父が私に忠告してくれたことがある。それ以来そのことが心から去らない。
「だれとは限らないが、他人のことをかれこれ言いたい気持になったときは」と父は言った、「世の中は、お前と同じような長所を持った人間ばかりではないということを、よく覚えておくことだよ」
 父はそれ以上は言わなかった。しかし私たちは、あまり口数を多く語り合わなくても、いつも相手の言う意味がよくわかっていた。そのために私はすべて判断は控えめにするようになったが、この習慣のおかげで、ずいぶん変わった性格にもお目にかかったし、また少なからず海千山千のうんざりする人間にお目にかからざるを得ない羽目にも陥った。普通の人間のなかに私のような性格の持主がいるとなると、異常な精神の持主はすぐにそれを見つけて、愛着を感じて寄って来る。そんなことから私は大学時代、なかなかの政治家だなどと不当な批判を受けたことがあるが、それは私が手に負えない見ず知らずの人間の秘かな嘆きも、よく聞いてやったからだった。
 しかしその信頼は、ほとんど私のほうから求めたものではなかった――私は、相手が親しくしたがっている徴候が何かによってはっきり感じられると、よく眠っているふりをしたり、考えごとに夢中になったふりをしたり、さもなければ小意地わるくいいかげんな素振りをした。というのは、若者たちの親愛の情の表情とか、少なくとも彼らの表現する言葉なるものは、大体他人の言葉を盗んだものか、明らかに抑圧されてゆがめられたりしたものなのだ。だから控えめに判断をくだすことこそ、無限の希望を残すというものだ。父がお高くとまった忠告をしたり、私も紳士気取りでそれを繰り返したりしたが、基本的な礼儀というものに関する感覚は、生まれたとき公平に分け与えられているものではないということを忘れては、何か大事なことまで失うかもしれないということが、いまでも私にはいささか不安なのだ。
 しかし、このように自分では自分なりの寛容の精神を一応誇ってはみたものの、それにも限界点があるということも私は認める。人間の行為というものは、かたい岩の上に築かれたものも、しめっぽい沼地の上に根ざしたものもあるかもしれないが、ある点を越せばそれが何に根ざしたものであっても、私にとってどうでもよいのだ。昨年の秋東部から帰って来たとき、私は世間がみんな一定のユニフォームを着て、いうならば道徳的に永遠に不動の姿勢をしていて欲しいと思った。私はさも人間の心の中を特権をもってのぞき込むような、落ち着かない心の旅はもうたくさんだと思った。ただギャツビー――この本にその名を与えた――だけは、私の反発から除かれた。
 ギャツビー――この男こそ私が心から軽べつする一切を代表する人物だった。もし個性というものが、成功をもたらす一連の完全な態度であるならば、彼にはどことなく華麗なるところがあり、人生の前途に対する高度の感受性は、あたかも彼は一万マイルも遠くの地震をも記録する、複雑な機械と関連があるかのようだった。しかしこの感応度は、「創造的性質」などともったいぶった名で呼ばれる、あの弱々しい感受性とはもちろん関係がなかった。それは希望に対する異常な才能であり、私がいままでどんな人にも見たことのない、そして恐らくこれからも二度と見ることもなさそうな、ロマンティックな情緒だった。

……冒頭より

購入手続きへ  原書テキスト版


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***