「義眼殺人事件」

E・S・ガードナー/能島武文訳

ドットブック版 188KB/テキストファイル 160KB

500円

依頼人は義眼の主だった。そして盗まれた自分の特注の「充血した義眼」が、凶悪犯に利用されでもしたら厄介なことになると恐れていた。メイスンは一計を案じる。だがその甲斐もなく男の懸念は現実のものとなる……数あるメイスンものの中でも屈指の名作と折り紙つきの代表作。

アール・スタンリー・ガードナー(米、1889〜1970)鉱山技師の息子に生まれ、正統な教育は受けなかったが、のち法律に志し、21歳で弁護士事務所をカリフォルニアに開いた。22年間の刑事弁護士生活の経験を生かしてペリイ・メイスンものの処女作「ビロードの爪」を発表、見せ場の法廷場面とハードボイルド・タッチで一躍人気作家に。メイスンものだけでも80作にのぼる。レイモンド・バー主演のテレビのメイスン・シリーズは有名。

立ち読みフロア
 ペリイ・メイスンは、事務室の窓からさしこむ朝の日の光に背を向け、渋い顔をして、まだ返事のすんでいない手紙の山のほうに、目をやった。
「こういう、事務所の、毎日のきまりきった仕事は、あきあきするね」と、かれはいった。
 女秘書のデラ・ストリートが、冷静な落ちついた深さの中に、いくぶん面白がっているような色を浮かべた目で、ちらっとメイスンを見あげた。無理もないわというような微笑を浮かべていた。
「ねえ」と、かの女はいった。「殺人事件が一つ片づいてしまったものだから、もう一つあればいいなと思っていらっしゃるのでしょう」
「殺人事件でなくたっていいがね」と、かれはかの女に向かって、「陪審団の前で、堂々の陣を張るのはいいね。ぼくは、波瀾(はらん)に富んだ殺人事件の裁判が好きだね。検察側が思いもかけない爆弾を、ぼくの足もとに投げつけると、こちらは、あおりを食ってきりきり舞いをしながら、どんな手を打って立ちなおろうかと考えをめぐらす……そんなことより、そのガラスの義眼(いれめ)をはめたとかっていうお客はどうしたね?」
「ピーター・ブルノルドさんですわ」と、かの女はいった。「待合室で待っておいでですわ。わたし、たぶん、あなたがお引き受けなさるでしょうっていったんですの。そうしたら、どの弁護士でもいいというわけではないのだから、ぜひお目にかかりたいって、そうおっしゃるの」
「どんな様子の人だね?」
「年は、四十ぐらいね、まっ黒な、ちぢれっ毛がふさふさしているわ。なんとなく風変わりな感じで、思い悩んでいるとでもいった様子ね。あなたなら詩人とおっしゃりそうなタイプだわ。顔つきにも、感情的というのかしら、感受性が強いというのかしら、なんか変わったところがありますわ。きっと、好きにおなりになってよ。でも、お仕事のたねを作りそうなタイプね、どっちかといえば──そうよ、自分でそうしなきゃならんと思いこんだら、かっと人殺しでもするようなロマンティックな夢想家というとこですわ」
「ガラスの眼玉だってことは、きみにも、すぐわかるんだね?」と、メイスンはたずねた。
「まるきり見わけられないの」と、首を振りながら、かの女はいった。「わたし、義眼(いれめ)なんてものは、見さえすればわかるもんだと思っていたんですけど、ブルノルドさんの眼がおかしいなんて、ちっとも気がつきませんでしたわ」
「自分の眼のことを、なんと、きみにいったんだね?」
「そっくり一揃い持っているっておっしゃってましたわ──朝使うのと──夜使うのと──ちょっと充血したのと──それから……」
 ペリイ・メイスンは、握りこぶしを手のひらにたたきつけた。きらきらと、眼が光っていた。
「その手紙の束を片づけたまえ、デラ」と、かれは命令するようにいった。「それから、そのガラスの眼のお客を通したまえ。これまで、遺産相続の問題で争ったこともあるし、名誉毀損や損害賠償で闘ったこともあるが、ガラスの眼玉が出てくる事件なんてものは、はじめてだ。さあ、通したまえ」

……巻頭より

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