「風と共に去りぬ」(一)

マーガレット・ミッチェル/大久保康雄・竹内道之助訳

ドットブック 359KB/テキストファイル 239KB

600円

続編 (二) (三) (四) (五)

アメリカ南部の大農園主の父と、フランス貴族の血をひく母のあいだに生まれたスカーレット・オハラは16歳、魅惑的な顔だちで、青年たちの心をとらえていたが、火のように激しい気性の持主でもあった。彼女が秘かに思いを寄せていたのは、うぶでけがれを知らぬ青年アシュレだった。その彼が従妹のメラニーと婚約したと知って驚くが、自分が打ち明けさえすればと、たかをくくっていた。野外パーティの日、彼女はアシュレを図書室につれこんで愛を打ち明ける。だが、アシュレは彼女をうけ入れようとはしなかった。スカーレットは彼を罵倒し、半狂乱になって彼の頬をなぐる。ところがこの一幕をレット・バトラーという男に見られてしまう。誇りを傷つけられた彼女はアシュレヘの面当てと復讐じみた気持ちから、彼の妹の恋人でありメラニーの兄であるチャールズと結婚してしまう。折から南北戦争が勃発、スカーレットの怒涛の人生が幕をあける……。刊行と同時に ベストセラーになり、今もなお世界中で熱烈に読みつがれる壮大な愛のドラマ。

マーガレット・ミッチェル(1900〜49)弁護士の娘としてジョージア州アトランタに生まれる。歴史を好む一家の影響で、南北戦争を背景にした「風と共に去りぬ」ただ1編を十年かかって書きあげた。1936年に発表されるや大評判に。以来、各国語に翻訳され、聖書につぐロングベストセラーとなっている。ピューリッツァー賞を受賞、39年にはクラーク・ゲーブル、ヴィヴィアン・リー主演で映画化された。49年、自動車事故のために世を去った。

立ち読みフロア
 スカーレット・オハラは美人というのではなかったが、双子のタールトン兄弟がそうだったように、ひとたび彼女の魅力にとらえられると、そんなことを気にするものは、ほとんどいなかった。その顔には、フランス系の「コースト」貴族の出である母親の優雅な顔立ちと、アイルランド人である父親のあから顔の肉の厚い線とが、目立ちすぎるほど入りまじっていた。しかし、さきのとがった角ばったあごなど、奇妙に人をひきつける顔だった。目は、茶のすこしもまじらない淡碧(うすあお)で、こわくて黒いまつ毛が、星のようにそのまわりをふちどり、それが目じりへきて心もちそりかえっていた。その上に、黒くて濃い眉が、ややつりあがりぎみに、マグノリアの花のような白い肌に、あざやかな斜線をひいていた。――この肌は、南部の女たちがひどく大切にして、ボンネットやヴェールや長手ぶくろなどで、ジョージアのはげしい日ざしから、じつに注意ぶかく守っているものだった。
 一八六一年四月の、あるかがやかしい午後、父の大農園(プランテーション)タラのポーチの涼しい日かげに、タールトン家の双子兄弟スチュアートとブレントとともに腰をおろしている彼女の姿は、一幅の絵のように美しかった。スカートのフープの上に十二ヤードも波うっている緑の地に花模様の新しいモスリンのドレスは、最近父がアトランタから買ってきてくれた緑色のモロッコ革の上靴(うわぐつ)に、よく調和していた。ドレスは、このかいわい三郡きっての細い腰、十七インチのウエストの美しさを、くっきりとうきたたせ、ぴっちりと身についたバスク(上着)は、十六歳にしてはよく成熟した胸のふくらみを見せていた。しかし、内気そうにひろげたスカートも、シニヨン(まげ)に結ってネットをかけたしとやかな髪も、ひざの上につつましくかさねた小さな白い手も、彼女のほんとうの人柄をかくしきれるものではなかった。気をつけてやさしく見せている顔のなかで、碧色(あおいろ)の目だけは、荒々しく強靭(きょうじん)な意志と、あふれるような情熱とをあらわしていて、その上品な物腰とは、およそ似つかわしくなかった。彼女のふるまいは、母のやさしいしつけと、黒人の乳母の、よりきびしい訓育とによってしいられたものだった。だが、目だけは彼女自身のものだった。
 彼女の両側には、ひざまでの長靴をはいた双子の兄弟が、のんびりといすにもたれて、鞍(くら)ぶとりのした長い両脚をむぞうさに組みかさね、笑ったり話したりしながら、はっか水の大コップごしにきらめく日の光に目を細めていた。ふたりとも年齢は十九歳、丈は六フィート二インチ、頑丈な骨組、たくましい筋肉、日にやけた顔、濃い赤褐色の髪、明るい傲慢(ごうまん)な目、そろいの青い上着、そろいのからし色の乗馬ズボンをはいて、この兄弟は、まるで二つの綿の莢(さや)のようによく似ていた。
 戸外では、おそい午後の日光が、ななめに前庭にさし、新緑を背景にして、真っ白な花のかたまりのような花みずきのしげみを、まばゆくうきださせていた。兄弟の乗馬は、馬車道のほうにつないであったが、大きな馬で、毛なみは主人の髪の毛とおなじように赤かった。馬の足もとでは、兄弟の行くところへなら、どこへでもついてくる、やせて神経質な、インディアン犬の一群が、しきりと吠えたてていた。すこし離れたところには、口輪をはめ、いかにも貴族然とした顔つきの黒ぶちの馬車犬が一匹、主人たちが晩の食事に帰るのを、辛抱づよく待っていた。
 これらの犬と馬と兄弟とのあいだには、いつもいっしょにいるという以上の深いつながりがあった。いずれも、健康で、思慮のたりない若い動物たちだった。育ちがよくて、優美で、癇癖(かんぺき)がつよかった。青年たちは、その乗馬とおなじように、血気さかんで、癇癪(かんしゃく)もちで、危険な男たちだが、うまくあやつってくれる人にたいしては、すこぶるやさしい感情をもっていた。
 安楽な大農園主(プランター)の生活〔プランテーションは、奴隷制労働による南部独特の大農園で、作物は綿花とコーヒーにかぎられていた〕のなかで生まれ、幼時から、なに不自由なく育てられてきたのだが、このポーチにならんだ三つの顔には、無気力な弱々しさは、すこしもなかった。一生を、ひろびろとした外気のなかですごし、読書などという退屈なことには、あまり頭をなやましたことのない、自然人のはちきれるような生気と精悍(せいかん)さをもっていた。ジョージア州の北部にある、ここクレイトン郡の生活は、まだ新しく、すでに根のはえたオーガスタやサヴァナやチャールストンなどにくらべると、ずっと野性的だった。だから、南部でも、もっとおちついた、古くからひらけた地方の人々は、奥地のジョージア人たちをさげすんでいたが、北部ジョージアのこのあたりでは、むかしふうの典雅な教養が欠けていても、日常生活に必要なことさえうまく処理していければ、いっこう恥ではなかった。よい綿花をつくること、乗馬が巧みなこと、射撃がじょうずなこと、踊りがうまいこと、やさしく婦人に奉仕し、一人前に酒がのめて酒席の相手がつとまること、彼らに必要なのは、これだけだった。
 ふたりとも、そういう方面の才能にかけては、なかなかすぐれていた。書物にふくまれた内容からなにかを学びとる才能に欠ける点においても、おなじように彼らは有名だった。彼らの一家は、この郡内でも肩をならべるもののないほど財力があり、馬や奴隷もいちばん数多くもっていたが、このむすこたちは、こと学問に関しては、近所に住む貧乏白人(プア・ホワイト)の大部分よりもおとっていた。
 スチュアートとブレントが、この四月の午後、タラ屋敷のポーチでのらくらしている理由も、まさしくここにあった。この日も、ちょうど彼らは、ジョージア大学――この二年間に彼らを退学させた四番目の大学から放校されてきたばかりなのだ。彼らの兄のトムとボイドも、弟たちを歓迎しないような学校なんか、こっちがごめんだと言って、みんないっしょに帰ってきてしまった。スチュアートもブレントも、こんどの放校処分を非常におもしろがっていた。スカーレットも、去年フェイアットヴィル女学校を卒業していらい、これも自分からは一冊の書物もひもといたことがないほどだから、彼らと同様に、これをおもしろがっていた。
「あんたたちふたりやトムは、放校なんて、なんとも思ってやしないでしょうけれど」と彼女は言った。「でも、ボイドはどうかしら? あの人は、きちんと学校をやりたがっているんでしょう? それなのに、あんたたちのために、ヴァージニア大学、アラバマ大学、サウスカロライナ大学、そしてこんどはジョージア大学と、どこもみんなやめてしまって、こんなふうだと、いつになってもあの人、大学を卒業できないわ」
「なあに、あいつは、フェイアットヴィルのパーマリー判事の事務所で法律の勉強をするからいいんだ。こんなことは、たいして問題じゃないんだ。それに、こんどのことがなくったって、どっちみちぼくらは学期が終らないうちに帰ってこなければならなかったんだ」と、ブレントは、こともなげに言い放った。
「あら、どうして?」
「戦争だよ。知らないのか。いつ戦争がおっぱじまるかわからないんだぜ。きみは、戦争がはじまるというのに、ぼくらが学校にじっとしていられると思うのかい?」
「戦争なんてありはしないわよ」とスカーレットは、そんな話題はもううんざりといった調子で言った。「ただうわさだけよ。なぜって、先週、アシュレ・ウィルクスさん父子(おやこ)がきて、うちの父に話してたわ、ワシントンに派遣された南部の委員たちが、南部同盟のことについて、リンカーン大統領と、友好――なんていったかしら、そうそう、友好協定だわ、その友好協定ってものを、まとめたんだって。どっちにしてもヤンキー(北部人)は、戦争する気持になれないほど南部をこわがっているのよ。だから戦争なんてありはしないわ。あたし、もう戦争の話なんかあきあきしちゃったわ」
「戦争がないって?」双子は、自分たちがだまされたかのように、いきりたって叫んだ。
「もちろん戦争になるさ。そりゃヤンキーはわれわれを恐れているかもしれない。しかし、とにかくおととい、ボールガール将軍が、サムター要塞(ようさい)を攻撃して、やつらを追いはらってしまったんだ! こうなった以上は、やつらにしても、戦争せざるをえないよ。さもないと、やつらは世界じゅうに臆病者の名をさらすことになるもの。南部同盟は――」
 スチュアートが、そこまで言うと、スカーレットは、もうがまんができないというように、口をとがらせた。
「もう一度戦争ということばを口にしたら、あたし、家のなかにはいってドアをしめちゃうことよ。生まれてからこのかた『戦争』ということばほど、あたしをあきあきさせたものはないわ。それに、もう一つは『連邦分離』ということば――。うちの父ときたら、朝も昼も晩も戦争の話、それからたずねてくる人が、またきまってサムター要塞だの、州権主義だの、リンカーン大統領だのと、そんな話ばっかり。まったく悲鳴をあげたくなるわ。しかも、若い人たちまでが、やっぱりそれで、やれ戦争とか、これから編成される騎兵隊のこととか、そんな話ばっかりなんですもの。今年の春のパーティが、ちっともおもしろくなかったのは、男の人たちが、戦争のこと以外、話題がなかったからよ。このジョージア州が、去年のクリスマスがすむまで北部から分離するのを延期してくれたので、どんなにありがたかったかしれないわ。だって、さもないと、せっかくのクリスマスのパーティが、めちゃくちゃになってしまったにちがいないもの。あんたたち、もう一度戦争ということばを口にしたら、あたし、ほんとに家ヘはいってしまってよ」

……冒頭
より

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