「風と共に去りぬ」(四)

マーガレット・ミッチェル/大久保康雄・竹内道之助訳

ドットブック 350KB/テキストファイル 229KB

600円

万策つきたスカーレットは妹スエレンの婚約者フランク・ケネディを横取りして結婚する。金のため、そして二度と飢えたくないために。そのころ、北軍の占領下にあって秘密結社クランKKK団が活躍していた。アシュレもケネディもその一員だった。ある雨の夜、秘密の会合を北軍に発見され、二人は命からがら逃げのびるが、アシュレは負傷し、危いところをバトラーに助けられる。しかしケネディは追跡され、殺されてしまう。スカーレットはケネディの子を身ごもりながら再び未亡人となった。そんなときレット・バトラーが訪ねてきた。かくて彼女は最後の夫としてバトラーの腕に抱かれる。
立ち読みフロア
 二週間ののち、スカーレットはフランク・ケネディと結婚した。彼女は、あなたの旋風のような求愛に息もつけなくなり、これ以上あなたの熱情をこばむことができなかったのだ、と顔をあからめながら彼に告白した。
 その二週間のあいだ、彼が、なかなかこちらの暗示や扇動に乗ってこないので、おりあしくスエレンからの手紙でもとどいて、せっかくのもくろみが台なしにされてはと、それも心配で、夜になるとスカーレットは、歯をくいしばって室内を歩きまわっていたが、そんなこととは彼は夢にも知らなかった。妹が、ひどく筆不精で、手紙をもらうのは好きだが自分で書くのはきらいなことを、彼女は神に感謝した。しかし、偶然ということがある。偶然、筆不精の妹が手紙を書くこともないとはいえないだろう。そう思って、彼女は長い夜を、エレンの色あせたショールを寝間着の上に羽織って、寝室のつめたい床の上を行きつもどりつしていたのだ。ウィルから簡単な手紙がきて、ジョナス・ウィルカースンが、またタラへやってきたこと、そしてスカーレットがアトランタへ行ったのを知ると、さんざん騒ぎたてたので、ウィルとアシュレとふたりで家の外へつまみ出してやったというようなことが書いてあったが、そのこともフランクは知らなかった。ウィルの手紙は、彼女がすでに知りすぎるほど知っていること――追徴金を納付しなければならない期日がしだいに切迫しつつあること――を、鉄槌(てっつい)でたたきこむように彼女の心にたたきこんだ。日一日と、彼女ははげしい絶望におそわれ、できることなら砂時計を両手にもって流れる砂の動きをとめてしまいたかった。
 しかし、彼女はたくみに感情をかくして、みごとに芝居を演じた。だからフランクは、すこしも疑念を起こさなかった。彼は表面にあらわれたことだけしか見なかった――毎夜ピティパット家の客間に彼を迎え、彼が店の将来の計画や、製材所を買いとったら、どのくらいもうかるかなどと話すのを、呼吸(いき)をつめて感心しながら耳をかたむける美しく孤独な若いチャールズ・ハミルトン未亡人しか見なかったのだ。彼の一言一句にたいして、彼女がやさしい共感と、目をかがやかして興味を示してくれたが、それは、スエレンが不貞をはたらいたと考えることで切りきざまれた彼の心の傷への鎮痛剤だった。彼の心臓はスエレンの行為のために痛み乱れ、女にたいして魅力がないと自覚している独身の中年男の内気で感じやすい虚栄心は深く傷つけられていた。スエレンに手紙を書いて、その不信を責めることも彼にはできなかった。そんなことを考えるだけでもおじけづいた。そのかわり彼はスカーレットを相手にスエレンのうわさをすることで心をなぐさめることができた。というのは彼女は、べつにスエレンの悪口は言わなかったが、どんなに妹が彼にひどいことをしたか、また、ほんとうに彼の価値を知る女性ならば、どんなに彼のために真心をささげるだろうかというようなことを言ってくれるからだ。
 彼の目にうつったかれんなハミルトン夫人は、自分の不幸な運命を思って悲しそうに溜息(ためいき)をつき、彼が元気づけようと冗談を言ったりすると、小さな銀の鈴のように明るく美しく笑う、バラ色のほおの美しい女性だった。マミーが手をいれて、すっかりきれいになった彼女の緑色の衣裳は、腰がほっそりと美しい彼女のすらりとしたからだつきを申し分なく美しく見せたし、また、いつも彼女のハンカチや髪からにおってくる芳香は、まったく彼をうっとりとさせるにじゅうぶんだった! こんな美しくかれんな女性が、彼女にはその激烈さすら理解できないほど激烈な社会に、たよりなく孤独をかこつとは、なんと痛ましいことだろう。まもってくれる夫も、兄弟も、父さえも、いまや彼女にはいないのだ。よるべない女性がひとりで住むには、この世は、あまりに野蛮すぎる、とフランクは思った。そして、その考えに、スカーレットもまた、口に出しては言わなかったが、心から同意した。
 彼は毎晩たずねてきた。それはピティ家のふんいきが、たのしく、快適だったからだ。玄関で迎えるマミーの微笑は、上流階級の来訪者のためにだけ用意された微笑だし、ピティはブランデーいりのコーヒーを出して、さかんにちやほやしてくれるし、スカーレットは、彼の一言一句を熱心にきいてくれた。午後、商売のことで出かけるときなど、たびたび彼は、スカーレットを軽装馬車に乗せて連れ出した。そんなとき、彼はとても愉快だった。彼女がいろいろと無邪気な質問をするからだ。――「まったく女らしい質問だ」彼はそう思って、心でにやにやした。商売についての彼女の無知を彼は笑わずにはいられなかった。すると彼女も笑いながら、こんなことを言うのだ。「だって、あたしみたいな頭の単純な女に、男の仕事のことがわかるなんて思うのは、無理というもんだわ」
 自分が、神によって、たよりない頭の単純な女性をまもるために、ほかの男たちよりも高貴につくられた強いりっぱな男であることを、彼は、その老嬢のような生涯において、はじめてスカーレットによって感じさせられたのだ。
 とうとう結婚することになり、彼女の信頼しきった小さな手をにぎり、そのふせたまつ毛がバラ色のほおに濃い黒い三日月形を描くのをながめたときも、いったいどうしてこんなことになったのか、彼にはまだわからなかった。わかったのは、自分が生まれてはじめて、ロマンティックな興奮的ななにかをしたということだけだった。自分が、このフランク・ケネディが、このかれんな女性をひっさらって、この強い腕のなかへひきよせたのだ。それは、まるで酔ったような感情だった。
 結婚式には、友人も親戚(しんせき)も出席しなかった。証人には、往来からぜんぜん知らない人をよびこんでたのんだ。スカーレットがそう主張するので、やむなく彼女の言うとおりにしたのだ。彼としたら姉妹や義理の兄弟たちをジョーンズボロからよびたかった。また、ピティ家の客間で、幸福を祝う大勢の友人にとりまかれながら乾杯してもらえたら、どんなにうれしいだろうと思ったが、スカーレットはピティ叔母が出席することさえ承知しなかった。
「ふたりっきりでね、フランク」と、彼の腕をしめつけながら、彼女はたのんだ。「まるで駆落ち者みたいに。あたしは、つねづね家を逃げ出して結婚したいと思っていたのよ! ねえ、おねがいだから、あたしのために、そうしてちょうだい!」
 いまなお耳に残るそうしたかわいいことば、訴えるように彼を見あげるうすい碧色(あおいろ)の目のふちから、きらめきあふれる涙のしずく、それが彼を征服したのだ。けっきょく男というものは、なにかしら花嫁には譲歩しなければならないのだ。ことに結婚式というようなことについては。なぜなら、女は結婚式を、ひどくセンチメンタルに考えるのだから。
 そして、はっきりそうと自覚しないうちに、彼は結婚してしまった。

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