「フローテ公園殺人事件」

F・W・クロフツ/橋本福夫訳

ドットブック版 262KB/テキストファイル 231KB

600円

南ア連邦国営鉄道のトンネル内で無惨な轢死体が発見され、事故死と見せかけた他殺であることが判明する。容疑者を死刑から救ったのは、陪審員たちの賢明な判断だった。だが二年半後、スコットランドで手口の酷似した殺人事件が起こる。捜査に当たるロス警部は、関連する糸をたぐっていく……アリバイ研究家としてのクロフツの面目躍如たるミステリー。

クロフツ(1879〜1957) イギリスのミステリー黄金時代を代表する巨匠のひとり。犯人の堅牢なアリバイをくつがえす「アリバイ崩し」の作風がとくに有名。デビュー作の「樽」はクリスティの「スタイルズ荘の怪事件」と同年に刊行され、黄金時代の幕をあけた。アイルランドのダブリン生まれ。17歳のとき鉄道会社にはいり、以後1929年に作家としてひとり立ちするまで鉄道技師として勤務、ミステリーを書き始めたのは40代になってからだった。なかでも「足の探偵」フレンチ警部ものが人気を博した。

立ち読みフロア
 南ア連邦国営鉄道の従業員である信号手のジョージフ・アッシュは、ミッデルドルプ駅の西端の詰所の中に突っ立って、構内のプラットホームのさきのほうをぼんやり見つめていた。
 今週は彼の夜勤の番になっていて、夜勤はほかの同僚二人と交代ですることになっている。夜勤と言っても、特にこの詰所での勤務は、どんなに大げさに考えても、重労働と言えるものではなかった。げんにこの一時間の大半も――昨日の「ミッデルドルプ・レコード」紙を繰り返して読むのにも飽きてしまったものだから――アッシュは詰所の中を歩きまわったり、ぼんやり窓の外を眺めたりして過ごしたのだった。それというのも、二十四時間のうちでも一番暇な時間が、今ようやく終りを告げようとしている時だったからである。今は午前六時に近く、四時すこし前に北行きの急行列車が通過した後は、ひと列車も発着してはいなかった。このまるまる二時間のあいだにアッシュが挺子(レバー)に手をかけたのは、朝早く送り出す貨物のための機関車を、信号室の向かい側にある機関車の車庫から駅のはずれの操車場へ通した時だけだった。
 彼は今、午前六時に交代してくれるはずの同僚の姿が見えはしないかと、プラットホームを見まもっているのだ。毎朝いつでも、詰所の時計の針が六時五分前に近づくと同時に、次の勤務順番に当たっている男のずんぐりした姿が、まるで郭公(かっこう)時計の原理を応用した時計仕掛けで押し出されでもしたように、一番ホームのはしの線路監督詰所の背後に、ひょっこりと現われるのだった。そして、弁当箱を手にさげ、幾本もの待避線が合流しているあたりを横ぎって、交代時間きっかりに詰所へ着くのが常だった。
 不意にベルが、澄んだ、せきたてるような響きをたてて、けたたましく鳴り響いた。アッシュはそれに応じて、信号室の奥の「ガンター谷」という真鍮札(しんちゅうふだ)のつけてある機械のほうへ向き直り、プランジャーを押した。ベルは二度、三度と鳴り響き、アッシュは同じ信号でそれに答えてからプランジャーを押しこみ、そのままにしておいた。かすかなカチリという音がして、白地に黒く「入」と書いた小さなカードがその機械の小窓から飛び出し、赤地に黒く「出」と書いた別のカードと入れかわった。アッシュはプランジャーから手を放し、ちらっと柱時計に眼をやりながら、デスクの上に開けたまま載せてあった帳簿のほうへ向き直って、丁寧に細長い字で時刻を記入した――午前五時五十七分。その瞬間にドアが開いて、交代の同僚が姿を現わした。
「あれは十七号列車か?」と新来者は訊きながら、弁当箱を小さなストーヴの横へ置き、オーバーを釘にかけた。
「そうだ。十二分遅れているんだ。五十七分に警告があった」とアッシュは答えた。
「臨時列車は、なしか?」
「そう、今までのところは」
 二人のあいだでなお二、三の話が交わされ、やがてアッシュは勤務をおえて、空(から)の弁当箱を手に信号室を出た。
 それは十一月も下旬の、よく晴れた朝だった。太陽はまだ空のはしにあって、南アフリカの高原のいつもの夜の冷えこみのあとだけに、陽光が気持のいい暖さだった。眼のとどくかぎり雲ひとつなく、空気は希薄で、異常に澄みきっていた。何もかもがくっきりときわだった輪郭をおび、濃い黒い影を投げていた。円形の車庫からのろのろと出かかっている機関車の立てる、かすかな音のほかは、一切が静まりかえっていた。
 アッシュは信号室の段を降り、さっき同僚が近づいてきたのとは反対の方向へ線路を歩いていった。彼は西の郊外に暮らしていて、線路を通って帰るのが一番近道だった。線路は、信号室の向かい側あたりでは八本にひろがっていたが、西へ行くにつれてしだいに合流し、四分の一マイルばかり先のバラット・ロード陸橋までくると、ついには一本の幹線だけに縮まってしまい、やがては果てしなくこの地方をさまよっていったあげく、約千マイル彼方のケープ・タウンで終っていた。
 バラット・ロード橋のさきで、線路は急激に左へ曲がっており、二十フィートばかりの高さの切通しのあいだを二百ヤード行った所に、短いトンネルがあった。トンネルの上は、この町の大通りの一つであるダーティ通りになっていて、通りは斜めに鉄道線路を横切っていた。この陸橋と陸橋にはさまれている区間の線路は、市の中央部にあるために、並はずれた囲いかたがされていた。問題の通りはどちらも繁華街だったが、それぞれの橋の欄干には高い板塀が継ぎ足してあって、全く視界をふさがれていた。これは本来は、通過する列車の蒸気で馬がおびえてはいけないという配慮からだった。線路の両側の切通しの上にも、五フィートの高さの石塀がつらなっていた。石塀の向こうは、左側――つまり、カーヴを描いている線路の内側にあたる側――は、住宅地帯になっていた。右側は、フローテ公園になっていて、ここは並はずれて規模の大きい、豪華な植物園だった。
 アッシュは、その幅四フィート八インチ半の線路を、地面に眼を伏せ、まもなく味わえることになる熱いベーコンの薄切れや、清潔な白いシーツを、やれやれといった気持で思い浮かべながら、ゆっくりと歩いていった。ダーティ街トンネルのすぐ手前まで来た時、ふと眼を上げて、灰色の石畳の中の暗い入口を覗いたとたんに、彼はおもわずハタと立ち止まらされるような物を眼にした。
 トンネルを二十ヤードばかり入った右側、線路ぶちの石壁のすぐそばに、人間らしいものが、どうやら男のようだったが、横たわっていた。トンネルの入口の薄暗さのなかだけに、かろうじてその漠然とした輪郭が見わけられる程度だったが、その横たわりかたのどこかに、惨事を暗示するものがあった。アッシュは、最初は本能的に立ち止まりはしたものの、もう何を見させられることになるかを半ば予想しながら、そのほうへ足を速めた。


……冒頭より


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