「四つの署名」

コナン・ドイル作/鮎川信夫訳

エキスパンドブック 183KB/ドットブック版 162KB/テキストファイル 103KB

400円

インド帰りの巨万の富をもつと思われる少佐は、ポンディシェリー荘で顔と手足を異様にゆがませた他殺死体となって発見された。かたわらには「四つの署名」と走り書きされた紙切れが。行動家ホームズの面目躍如たる代表作。
立ち読みフロア
 シャーロック・ホームズはマントルピースの隅から瓶(びん)をとり、しゃれたモロッコ革のケースから皮下注射器を取り出した。長くて白い神経質な指先で、細い注射器を整えると、左手のシャツの袖(そで)をまくりあげた。しばらくのあいだ、彼はおびただしい数の注射針の跡のついた、筋ばった前腕と手首をじっと見つめていた。やがて鋭い針先を一気に刺し込み、小さなピストンをぐっと押すと、長い満足の溜息をもらし、ビロード張りの肘掛(ひじかけ)椅子に身を沈めた。
 私は何力月もの間、こうした場面を日に三回も目撃してきた。しかし、馴(な)れたからといって、気にならなくなったわけではない。むしろ日を追うごとに、これを見ることに我慢ならなくなり、自分には意見する勇気もないのかと思うと、夜ごと、私は良心に恥じ入る思いがした。幾度となく私は、この問題について、思うところをぶちまけようと心に誓った。しかし、この男の冷淡で物事に頓着しない態度には出すぎたことをするのをためらわせるものがあった。彼の偉大な天分、非の打ちどころのない物腰、これまで見せつけられてきた数々の並外れた才能、こうしたもののために、いざ反対するとなると、つい気おくれして尻込みしてしまうのだった。
 しかし、その日の午後、昼食のときに飲んだボーン産のワインのせいか、あるいは彼の極端に落ち着きはらった態度に腹が立ったためか、突然、私はこれ以上黙ってはいられないと感じた。

……第一章 推理学より


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