「ハムレット」

シェイクスピア作/大山俊一訳

エキスパンドブック 964KB/ドットブック版 156KB/テキストファイル 114KB

400円

 不気味な雰囲気にとざされた、デンマークのエルシノア城。暗い夜の城壁の一画にあらわれた亡き父王の亡霊は王子ハムレットを招き、現王クローディアスが自分を殺害し、王位をうばったこと、ハムレットの母でもある妻のガートルードを王妃にしたことを物語る。亡霊のことばで、父の死因を知ったハムレットは復讐のために狂気をよそおう。だが、老臣ポローニアスの娘、オフィーリアはハムレットから愛も正気も失われてしまったことを嘆く。いっぽうクローディアス王も身の危険を知り、ハムレット殺害をたくらむ。シェイクスピア四大悲劇の最高傑作。
立ち読みフロア
【ホレイショウ】 殿下、じつは私、一昨夜お目にかかったらしいのです。
【ハムレット】 お目にかかった? 誰に?
【ホレイショウ】 殿下、お父上の陛下にです。
【ハムレット】 なに、父上だと!
【ホレイショウ】 ま、しばらくおしずまりください。そしてどうか、私の申し上げることをよくお聞きください。私がこの両君を証人として、この、世にも不思議な事の一部始終を殿下のお耳に、これからご報告申し上げます。
【ハムレット】 さあ、ぜひとも聞きたい。
【ホレイショウ】 じつは、この二人、マーセラスとバーナードーの両君が、二晩つづけて歩哨(ほしょう)に立っておりましたその折に、すべてが死んだように静まりかえった真夜中のころに、それが起こったのでございます。亡き父上陛下とそっくりの姿のものが、額からつま先まで寸分のすきもなく甲冑(かっちゅう)で身をかため、両君の前に現われたのです。まことにおごそかな足取りで二人のそばをしずしずと、しかも堂々と通りすぎました。三度までもおそれおののいて目をみはっていた二人のそばを、それが手にした国王の杖でも容易にとどくくらいの、すぐ近くを。
この二人はあまりの恐ろしさに、ブルブルとふるえるばかりで
声をかけることすらできなかったそうです。このおそろしい話を、両君は内密に私に洩らしてくれたのでございます。
それで私も三日目の夜に、一緒に歩哨に立ちました。するとどうでしょう、二人が話してくれた通りに、時間も、その形も、話どおり寸分たがわずに、亡霊が現われたのです。私はお父上陛下を存じ上げていましたが、この左右の両の手でも、あれほどよく似てはおりませんでした。
【ハムレット】 して、それはどこで?
【マーセラス】 私どもが歩哨に立ちます楼台の上にでございます、殿下。
【ハムレット】 話しかけてみなかったのか?
【ホレイショウ】 もちろん話しかけましたとも、殿下。
しかし何の答えもありませんでした。ただ一度だけその姿は、
頭を上げて何か物言いたげに、そんな構えをしたように思われました。しかしちょうどそのとき、大きな声で鶏がときをつくったのでそれにひるんであわてふためき、みるみるうちに
姿を消してしまいました。
【ハムレット】 まこと、不思議だな。
【ホレイショウ】 殿下、まさしくこれは本当のことなのです。そしてこれを殿下にありのままご報告申し上げることは、
歩哨の規則に定められたことと考えました。
【ハムレット】 そうとも、そうとも。だがどうもぼくは気にかかってしかたがない。今夜は君たちは歩哨にたつのか?
【マーセラスとバーナードー】 さようでございます。
【ハムレット】 武装してと言ったな?
【マーセラスとバーナードー】 はい武装しておりました。
【ハムレット】 頭からつま先まで?
【マーセラスとバーナードー】 殿下、さようで、頭から足の先まででございます。
【ハムレット】 では顔は見なかったのだね?
【ホレイショウ】 いえ、見ました、殿下。顔当てを上げておりましたから。
【ハムレット】 で、不きげんな顔をしていたかね?
【ホレイショウ】 怒りというよりは悲しみを顔にたたえておられました。
【ハムレット】 青ざめていたか? それとも赤かったか?
【ホレイショウ】 ひどく青ざめておられました。
【ハムレット】 そしてじっと君を見つめていたのだな?
【ホレイショウ】 そうです、じっと。
【ハムレット】 ぼくはその場に居合わせたかった。
【ホレイショウ】 そうしたらどんなにか驚かれたことでしょう。
【ハムレット】 そうかもしれん、そうかもしれん。長い間いたのか?
【ホレイショウ】 普通の早さで百を数えるくらいの間でございます。
【マーセラスとバーナードー】 いえ、いえ、もっと長かったと思います。
【ホレイショウ】 ぼくが見たときはそう長くはなかった。
【ハムレット】 ひげは灰色だったか、どうだ?
【ホレイショウ】 それはご生前、私がお見かけいたしました通り、銀色をまじえた黒でした。
【ハムレット】 今夜ぼくも歩哨に立とう。
もしかするとまた現われるかもしれない。
【ホレイショウ】 現われると保証いたします。
【ハムレット】 もしそれがあの高貴な父上のお姿をしていたなら、ぼくは必ずそれに話しかけてみる。たとえ地獄が大きな口を開いて黙れと命じようとも。君たちにもお願いがある、
もし今までもこのことを誰にも話さずにいてくれたのなら、
どうかこれからもずっとこのことを内密にしておいてもらいたい。そして今夜、これ以上にどのような事が起ころうともそれをけっして他人に口外することなく、そっと胸におさめておいてもらいたい。この好意に対しては必ずおかえしをするよ。ではこれでさようなら。楼台の上で、十一時と十二時の間に必ず君たちに会うことにしよう。
【一同】 かしこまりました。
【ハムレット】 いや命令ではなく、友だちのよしみで頼むのだ、さようなら。〔ホレイショウ、マーセラス、バーナードー退場〕
父上の亡霊が甲冑に身を固めて! これはただごとではない。
何かけしからんことがあるのだ。ああ早く夜になればよい!
それまではじっと、じっとしているのだ、悪事は必ずや、
たとえ大地がそれをおおいかくそうとも、人の目に立ちあらわれるものだ。〔退場〕 (第一幕第二場より)

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