「銭形平次捕物控(1)」

野村胡堂作

ドットブック版 123KB/テキストファイル 83KB

400円

「親分、た、たいへん」と鉄砲玉のように飛び込んでくるお馴染みガラッ八、悠然とかまえる平次……岡本綺堂の「半七捕物帳」、横溝正史の「人形佐七捕物帳」とならぶ三大捕物帳のひとつ、野村胡堂作の「銭形平次捕物控」! 平次とガラッ八との絶妙なコンビが織りなす江戸の風物詩。 本巻には「赤い紐」「傀儡《かいらい》名臣」「お藤は解く」「玉の輿《こし》の呪」「金の鯉」の5編を収録。

野村胡堂1882〜1963)岩手県生まれ。盛岡中学から東大法科に入学したが、父親の死去にともなって退学、報知新聞社にはいって政治部記者となった。そのころから胡堂の筆名で創作に手を染めたが、昭和6年(1931)、「オール読物」創刊時に捕物帳執筆を頼まれて実現したのが「銭形平次捕物控」だった。「平次」は以後26年間つづき、長短あわせて382編という膨大なシリーズとなった。「わたしの捕物帖の特徴は、まず容易に罪人をつくらないこと、町民と土民に愛情をもったこと、侍や通人は徹底的にやっつけたこと、そして明るい健康的な捕物にしようと心掛けたことだろう」こう胡堂は語っている。「あらえびす」の名で知られたクラシック音楽の評論家でもあった。

立ち読みフロア
 神田祭は九月十五日、十四日の宵宮《よいみや》は、江戸半分煮えくり返るような騒ぎでした。
 御城内に牛に牽かれた山車《だし》が練り込んで、将軍の上覧に供えたのは、少し後の事、銭形の平次が活躍した頃は、まだそれはありませんが、天下祭《まつり》又は御用祭と言って、江戸ッ児らしい贅《ぜい》を尽したことに何の変りもありません。
 銭形の平次も、御多分に漏れぬ神田ッ子でした。一と風呂埃《あか》を流してサッと夕飯を掻込《かっこ》むと、それから祭の渦の中へ繰り出そうという矢先、――
「親分、た、大変」
 鉄砲玉のように飛込んで来たのは、例のガラッ八の八五郎です。
「ああ驚いた。お前と付合っていると、寿命の毒だよ。又按摩《あんま》が犬と喧嘩しているとか何とか言うんだろう」
 そう言いながらも平次は、たいして驚いた様子もなく、ニヤリニヤリとこの秘蔵の子分の顔を眺《なが》めやりました。
 全くガラッ八は、少し調子ッ外れですが、耳の早いことは天稟《てんぴん》で、四里四方のニュースは、一番先きに嗅ぎ付けて来てくれます。
「そんな馬鹿な話じゃねえ、正真正銘の大変だ、親分驚いちゃいけねえ」
「驚きもどうもしないよ」
「金沢町のお春――あの油屋の一粒種の小町娘が、夕方から見えなくなって大騒ぎだ。ちょいと行って見てやっておくんなさい」
「馬鹿だな。お前は、三日も帰らなきゃア騒ぐのももっともだが、夕方から見えなくなったのなら、まだ一と刻《とき》とも経《た》っちゃいめえ。今頃は雪隠《せっちん》から出て手を洗っているよ、行って見な」
 平次は相手にもしませんが、どうしたことか、ガラッ八は妙に絡《から》み付いて動きません。
「ところが、町内中の雪隠も押入も皆んな探したんだ」
「何だってそんな大袈裟《おおげさ》なことをするんだ」
「だから大変なんだ、親分、お春坊は二日ばかり前から、――祭の済むまでには、私はキッと殺されるだろう――って言っていたんだそうだ」
「えッ」
「そればかりじゃねえ、日が暮れて間もなく、誰か男の人がお春の厭がるのを無理に引っ張って、聖堂裏の森ん中へ入ったのを見た者があるんだ」
「誰が見たんだい」
「困ったことに町内の樽御輿《たるみこし》を担いでいる小若《こわか》連中の一人だが、お祭へ夢中になっているから、その男の人相を突き止めなかった。お揃《そろ》いを着て、手拭で頬冠《ほおかぶ》りをしていたことだけは確かだが――」
「よし、行って見よう。お春坊は無事平穏に生きながらえるにしちゃ少し綺麗過ぎらア、こいつはなるほど、臭い事があるかも知れないよ」
 平次はガラッ八を促し立てて、一と走り金沢町へ、何やら第六感をおののか《ヽヽヽヽ》せながら飛んで行きました。
 金沢町の油屋の一人娘お春というのは、今年十九の厄《やく》、あまり綺麗過ぎるのと、美人に有りがちの気位の高いのが災《わざわい》して、その頃にしては縁遠い方でした。もっとも、早くから許した仲の男があるとも言われ、とにかく、噂《うわさ》の種の尽きない性質《たち》の娘だったのです。

……「赤い紐」冒頭

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