「銭形平次捕物控(4)」

野村胡堂作

ドットブック版 99KB/テキストファイル 62KB

300円

清養寺の庫裡から三千両が消えた! 平次の言い付けで八五郎が駆けつける。新墓の掘り返されたあとがあり、三つの千両箱が出てきて八五郎は鼻高々だったが…この「濡れた千両箱」ほか「井戸端の逢引」「雪丸の母」「八五郎子守唄」の4編を収録。
立ち読みフロア
「ヘッ、ヘッ、親分え」
 ガラッ八の八五郎は、髷節《まげぶし》で格子戸をあけて、――嘘をつきやがれ、髷節じゃ格子は開かねえ。俺のところは家賃がうんと溜っているから、表の格子だって、建て付けが悪いんだからと――、銭形の平次は言やしません。
 ともかく、恐れ入った様子で、明神下の平次の家へ、八五郎はやって来たのです。
「こっちへ入んな、何をマゴマゴしてるんだ」
 平次はツイ、長火鉢の向うから声をかけました。入口の障子を開けると、家中が見通し、女房のお静が、お勝手で切っている、沢庵の数までが読めようという家居《いえい》です。
「それがね、親分、少し敷居が高いんで、ヘッ」
「いやな野郎だな、敷居が高かったら、鉋《かんな》でも持って来るがいい、土台ごと掘り捨てたって、文句は言わねえよ」
「そう言われると面目しだいもねえが、あっしは生れてからたった一度、親分に内証で、仕事をやらかそうとしたんで」
「なんだ、そんな事か、恐れ入ることは無いじゃないか、お前も立派な一本立ちの御用聞だ、うまい具合に酒呑童子《しゅてんどうじ》を縛って来たところで、俺は驚きはしないよ、いったい何をやらかしたんだ」
 銭形平次は一向気にする様子もありません。それよりは、いつまでも平次の子分で甘んじている八五郎を、早く一本立ちの立派な御用聞にして、嫁でも貰ってやりたい心持で一ぱいだったのです。
「それが、そのね、最初から話さなきゃわかりませんが――極りが悪いなア、親分」
 八五郎は言いそびれてポリポリと小鬢《こびん》を掻いたりするのです。
「極りなんか悪がる面《つら》じゃないぜ、お前は」
「極りの方で悪がる面でしょう、その台詞《せりふ》は何度も聴きましたよ、――ところがね、親分、あっしが、生れて始めて、恋文《こいぶみ》をつけられたとしたらどんなもんです」
「ウフッ」
「嫌だなア、そう言う下から、親分はすぐ笑ってしまうでしょう」
「笑わないよ、笑わないと言ったら、金輪際《こんりんざい》笑わないよ、俺は今、死んだお袋のことを考えているんだ」
「笑わなきゃ言いますがね、天地紅《てんちべに》の半切《はんぎれ》に綺麗な仮名文字で、――一筆《ひとふで》しめし上げ、まいらせそうろう――と来ましたね、これならあっしだって読めますよ」
「その手紙はどこにあるんだ、俺が読んだ方が早く埒《らち》があきそうだ」
「口惜《くや》しいことに、書いた娘に取り戻されてしまったんで、もう読んだ上は要らないでしょう、とグイグイ」
「なんだいそのグイグイというのは?」
「丸い肱《ひじ》で、あっしの脇を小突いたんですよ」
「まあ、そんなことは、いずれ春永《はるなが》に伺うことにして、手紙の文面は」
「一と筆しめし上げ参らせ候《そろ》」
「それはわかった、その先は?」
「八五郎親分様には、いよいよ御機嫌のよし、目出度く存じ参らせ候」
「わかった、その先は?」
「今夜亥刻《よつ》(十時)過ぎ人目を忍び中坂下の井戸のところまで御出で下されたく、命をかけて待ち上げ参らせ候、かしく――と、こういう手紙を、親分に見せられますか」
「相手は誰だ」
「こと――とだけ、なんにも書いちゃ居ません、でも若くて綺麗な女には違いありませんね」
「恐ろしい早合点だな、どうして若くて綺麗なんだ」
「文使《ふみつか》いの親爺が言いましたよ、――親分、奢《おご》って下さいよ、この手紙を、十九か二十歳《はたち》の可愛らしい娘に頼まれましたよ、――とね、それから」
「まだあるのか」
「あとは口上で、――決して怪しい者では無い、お目にかかればわかります、どうぞ助けると思って、あの井戸のところまで、お出で下さい――と」
「行って見たら、お化けが出たという話じゃないのか」
「そんな間抜けな話じゃありませんよ。現にこのあっしが」
 八五郎は首を縮めてニヤニヤするのです。

……「井戸端の逢引」冒頭

購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***