ヘミングウェー短編集 1

「われらの時代に」

ヘミングウェー作/高村勝治訳

ドットブック版 165KB/テキストファイル 100KB

500円

死と暴力と恐怖にとりまかれた生を、装飾を排したかぎりなく簡潔な文体とみごとな構成で浮き彫りにしたヘミングウェイ26歳のときの処女短編集。それぞれ登場人物を異にする短編連作を通じて、ひとりの人間の生涯が浮かび上がる。ヘミングウェイを愛する高村氏による全面改訳版。

アーネスト・ヘミングウェー(1899〜1961)  イリノイ州生まれのアメリカの作家。第一次大戦後、新聞記者としてパリに行き、パウンド、スタインなどとの交流のなかから『日はまた昇る』を完成、一躍「失われた世代」の代表作家となった。独特の簡潔な文体は、文学界のみならず、人々のライフスタイルに大きな影響を与えた。釣と狩猟を愛したことでも知られる。

立ち読みフロア
 いま考えてみると、ぼくのおやじは太った男、つまり、そこらで見かける、あのずんぐり太った好ましい小男の一人になる体質だったのだと思うが、たしかに一度も、そんなふうにはならなかった。もっとも、晩年、ちょっとのあいだ太ったが、そのときも、それがおやじの欠点にはならなかった。おやじは障害競馬ばかりやっていたし、かなり体重があっても、うまくこなしていたのだ。いまでも覚えているが、おやじは二、三枚のジャージーのシャツの上に、ゴムびきのシャツを着こみ、その上に大きなスウェットシャツを着て、昼まえのかんかん照りの中をぼくを連れだして、いっしょに走ったものだ。たいてい、朝の四時にトリノ(イタリア西北部の都市)からやってくると、タクシーで厩(うまや)へすっとんでいき、朝早くから、ラッツォの持ち馬の一頭で試乗をすませるのだった。そして、あたりがすっかり露にぬれ、ちょうど太陽が昇ろうとするころ、ぼくはおやじが乗馬靴をぬぐのを手伝ってやり、おやじはスニーカーにはきかえ、例のシャツなどをすっかり着こみ、二人で出かけるのだった。
 「さあ、ぼうず」とおやじは騎手の更衣室の前を、爪先(つまさき)だちになって行ったり来たりしながら、言うのだった。「出かけよう」
 そこで二人はまず競馬場のインフィールドをゆっくり一周するのだが、だいたい、おやじが先頭になって見事に走った。それから、門を出ると、サン・シロ(ミラノの郊外)からつづいていて、両側にずっと木が植わっている例の道のひとつを走る。その道に出ると、こんどはぼくが先頭に立ち、かなりうまく走れる。うしろを振りむくと、おやじはすぐうしろをゆうゆうと走っている。しばらくして、また振りむくと、おやじは汗を流しはじめている。ぐっしょり汗だくになって、ぼくの背中から目を離さず、あとからついてくるのだが、ぼくが振りかえるのを見てとると、にやっと笑って「ひどい汗だろう?」と言う。おやじににやっと笑われると、だれでも同じように笑いかえさないではいられなかった。ぼくらは山のほうに向かってどんどん走りつづける。と、おやじは「おい、ジョー!」と叫ぶ。振りかえると、おやじは木の下に坐り、腰に巻いていたタオルを首に巻いているのだった。
 ぼくが引き返して、おやじの横に坐ると、おやじはポケットから縄を取りだし、顔から汗をだらだら流しながら、日照りの中で、縄とびをはじめ、縄をばたり、ばたり、ばた、ばた、と回しながら、白いほこりを浴びて縄とびをするのだが、太陽はますます暑く、おやじはますます熱心に、そのあたりを行ったり来たりして、とびつづける。じっさい、おやじが縄とびをするのを見るのは、すばらしいことだった。おやじはぶんぶん早く回すこともできたし、ゆっくり回して曲とびもできた。ときどき、イタリア人たちが、白い大きな牡牛に車をひかせて、町にやってくる途中、通りがかりに、ぼくたちを眺めていたが、その様子を見てもらいたかったね、じっさい。彼らは、たしかにおやじの頭が変なのではないかという顔付をしていた。おやじが縄をぶんぶん回しはじめると、彼らはじっと立ちどまって見物していたが、やがて牛をしっしっと追い、突き棒でひとつこづき、ふたたび動きだすのだった。
 おやじが暑い日射しの中で縄とびをしているのを坐って見ていると、ぼくは心からおやじが好きになるのだった。おやじはたしかに見ていて楽しみだし、すごく一生懸命にやり、しまいには、かならず、ぶんぶん回して、顔から汗を滝のように流し、それから縄を木に投げかけると、ぼくのところにやってきて、となりに坐り、首にタオルとスウェットシャツを巻きつけて、木によりかかるのだった。
 「ふとらないようにするのは地獄だよ、ジョー」とおやじは言い、よりかかったまま、眼をとじ、深く長く息をして、言うのだった。「若いころとは違うからな」と。それから、立ちあがって、身体が冷えはじめないうちに、厩へゆっくりもどっていった。おやじはこんなふうにして、太らないようにしていたのだった。しょっちゅう気にしていたのだ。たいがいの騎手は馬に乗るだけで、好きなだけ体重を減らすことができ、一回乗るたびに、一キロぐらいは減るものだが、ぼくのおやじはいわば枯れきっていて、あんなうに、あれだけランニングをしなければ、体重を減らすことができなかったのだ。

……《ぼくのおやじ》より  

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