「変身」

カフカ作・川崎芳隆訳

ドットブック版 132KB/テキストファイル 67KB

300円

セールスマン、グレゴール・ザムザのへんてこりんな「変身」を通じて家族に引き起こされる悲喜劇。奇才カフカの面目躍如たる短編を川崎芳隆氏の流麗な翻訳でおくる。

フランツ・カフカ(1883〜1924) ドイツ語で作品を発表したチェコ生まれの作家。中産階級のユダヤ人家庭の生まれ。プラハ大学で法律を学び、労働災害保険局に勤務し、余暇をみつけて執筆した。生来の不安症や憂鬱症にくわえて、結核を患い、41歳で亡くなった。カフカは、自分の死後、未刊の原稿をすべて焼却してくれるように願ったが、友人で、のちに彼の伝記も書いたユダヤ系ドイツ人作家マックス・ブロートによって、今日のカフカの名声を不動のものにした多くの作品が出版された。代表作「審判」「城」「アメリカ」の3大長編作品は、すべて、こうして公になった。

立ち読みフロア
  ある朝のこと、落ちつけぬまどろみの夢からさめたとき、グレゴール・ザムザは寝床のなかで一匹のばかでかい毒虫に変わった自分に気がついた。かたい甲羅(こうら)のせなかを下にした寝姿だった。ちょっと頭をもたげてみると、せりあがったアーチ型の腹部が見えた。鳶(とび)色の、固い環節(かんせつ)でいく重にも仕切られている。そのお腹(なか)のてっぺんには、掛けた布団がいまにもずり落ちそうなかっこうで、やっとこふみとどまっているしまつ。いつもの大きさにくらべると、哀れなくらい細く小さないく本ものあしが、目のまえで頼りなげにちらちらしている。
  「何が起きたのだろう?」と、彼は考える。夢ではなかった。人ひとり住まうにはいささか小さすぎるというだけで、まずはまともな自分の部屋、勝手知った四つの壁に取りかこまれて、森閑(しんかん)としたおさまりようだ。包みをほどいた反物(たんもの)の商品見本が、ひろげたままに置いてあるテーブルの上方に……ザムザはセールスマンである……せんだってあるグラフ雑誌から切り抜いて、きれいな金ぶちの額にはめた肖像画がかけてある。毛皮の帽子に襟巻(ボア)といった姿の貴婦人が正座して、肘(ひじ)のあたりまですっぽり包んだ重たげな毛皮のマフを、見るひとのほうへ突きだしている。やがてグレゴールの視線が窓へ向かう。陰鬱(いんうつ)な天気であった……窓のトタン板をたたく雨だれの音が聞こえて……気分がすっかりめいってしまう。〈もう少しこのまま眠って、ばかばかしいことはいっさいがっさい忘れてしまうとしたらどうだろう〉と、いちおうそんなふうに思ってみたが、とてもできる相談ではない。というのも、もともと右を下にして寝るのが習い性となっていて、いまの状態ではそんな姿勢をとろうとしてもどだい無理というもの。右がわへひっくりかえろうと力(りき)んでみたところで、いつもぐらりとからだがゆれて、もとのもくあみになるばかり。そのあいだは、目をつぶったままだった。そうしていないと、もぞもぞ動くあしのようすがいやでも目にうつるからだった。百回ほどもやってみたが、そのうち、わき腹のあたりについぞ感じたことのない軽微な鈍痛をおぼえだしたので、とうとうあきらめることにした。

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