「歴史(上)」

ヘロドトス/青木巌訳

ドットブック 2.56MB/テキスト版 305KB

1100円

この書は、人間の功業が時のたつうちに忘れ去られるようなこと、また、ギリシア人と異邦人によって示された驚嘆すべき偉業が顧みられなくなるようなこと、特に、彼らが互いにしのぎを削るに至った原因が不明になるようなことがないようにするために発表するものである──「歴史の父」ヘロドトスは巻頭にこう記し、紀元前5世紀のアケメネス朝ペルシアと古代ギリシア諸ポリス間の戦争(ペルシア戦争)を中心に、小アジア、エジプトをはじめ、オリエント世界各地の歴史・風俗・伝説を豊饒絢爛な見聞記としてまとめた。この上巻では、ペルシアの勃興と覇権の確立、「エジプトはナイルのたまもの」という有名な言葉で知られるエジプトの地誌、スキタイ人の生活習慣などが興味深く描かれる。エドワード・ボーデンの親しみを増すイラストを多数収録。

ヘロドトス(BC485?〜420?)古代ギリシアの歴史家。小アジアのハリカルナッソス(現ボドルム)生まれ。遠く諸国を遍歴して、その見聞をもとに博覧強記の『歴史』を書いた。これは今日までまとまった形で伝承された最古の歴史書である。

立ち読みフロア
  ところで、このリュディア王カンダウレスは自分の妻を愛していたが、彼女がどんな婦人よりもはるかにかけはなれた美女であると思い込むほど惚(ほ)れていた。そして、彼はこのように信じていたので、ダスキュロスの子ギュゲスというのが彼の近侍で一番のお気に入りであったから、カンダウレスはこのギュゲスに相当大事な事も打ち明けていたのであって、特に、妃の容姿も彼にむやみに賞めちぎっていた。その後まもなく、何としても悲惨な目に会う運命を持っていたからであるが、カンダウレスはギュゲスに対して、
 「ギュゲス、お前はわしが妃の容姿について話しても納得しないようであるから(人間というものは目ほどには耳を信用しないものだから)、彼女の素膚(すはだ)を見るようにしてみるが良い」と言ったのである。
 ギュゲスは大きな叫び声をあげて、
 「王よ、私に、私の王の后(きさき)の素膚を見よとお言いつけになるとは、また何というばかげた事を仰せになるのですか。女というものは衣類を脱げば、それと一緒に、はにかみの心も脱いでしまうものでこざいますよ。昔の人間は我々が学ばねばならないりっぱな事を色々気づいたものですが、その一つに、自分自身のものだけに目を注げというのがあります。私は王妃があらゆる婦人のうちで並びない麗人でいられる事を承知しています。どうか、不当な事を要求なさらないようにお願いいたします」といった。
(九)
  で、彼はこう言って拒絶したのであるが、何かそのために悪い結果が自分に起りはしまいかと恐れたからである。ところが、王はこう答えた。
 「恐れるな、ギュゲス、お前は、わしがお前をためそうとして、このような事を言っていると恐れる必要もなければ、また、わしの妃がお前に何か危害をもたらしはしまいかと彼女を恐れる必要もない。わしは、彼女がお前に見られた事を全然気づかないように工夫するつもりであるから。つまり、わしらの寝室へお前を入れて、開いた戸の後へ立たせる事にしよう。そして、わしが入った後でわしの妃も寝室へやって来るであろうが、入口の所にいすが一脚置かれており、彼女は衣類を一枚ずつ脱いではその上へ置くであろう、そして、お前は全く気楽にながめる事ができるであろう、というわけである。そして、彼女がそのいすの所から寝床のほうへ歩を移して、お前に背を向けた時には、その機をのがさず、お前はよく注意して見つけられないように、戸口から出て行けばよろしい」
(一〇)
  かくて、ギュゲスはのがれるすべもなかったので覚悟を決めた。で、カンダウレスは就寝の時間と思われる時が来るや、ギュゲスを室へ連れ込み、そして彼の妃もそれから間もなくやって来た。そしてギュゲスは彼女が入って来て衣類を置くのを見守っていたが、彼女が寝床のほうへ歩を移してうしろ向きになるや、彼はそっと外へ忍び出た。が、彼が出て行くところは王妃の目にとまったのである。しかし、彼女は夫のたくらんだ事が読めたけれども、恥ずかしかったので叫びもせず、心中カンダウレスに報復しようと期したので、見抜いたようなそぶりも見せなかった。というのは、リュディア人の間では、ほとんど外のすべての異邦人の間でもそうであるように、男でも素膚を見られる事は大きな恥辱と見なされているからである。

………《巻一 リュディア史》より


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