「歴史(下)」

ヘロドトス/青木巌訳

ドットブック 3.16MB/テキスト版 299KB

1100円

この下巻では、ペルシア戦争の顛末に最も多くの筆がさかれる。「マラトン戦役」「テルモピュライの戦い」「サラミスの海戦」をへて「プラタイアの戦い」で雌雄が決するまで、歴史を大きく動かした戦いの詳細が、ペルシアのダレイオス、クセルクセス、ギリシア軍のレオニダス1世らの行動とともに描かれる。
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 かくて、パロス人を除いたそれらの者が全部アテナイへ着くや、クセルクセスは彼等に交じって水軍の意見を徴したいと欲し、親しく船の所へ出かけて行った。そして、彼が着いて一同の前に座を占めると、諸民族に号令した僣主や提督が呼び寄せられ、船から出頭したのであって、彼等はまずシドン王、次いでテュロス王、それに続いて残余の者といったぐあいに、王が彼等にそれぞれ与えていた位階に従って席に着いた。そして、彼等が順次整然と座を占めるや、クセルクセスはマルドニオスをやって一人ずつ試して見て、海戦を行なうべきかどうかとききただした。
 (六八)  ところが、マルドニオスがまずシドン人から初めて尋ねて回ったところ、他の者は異口同音に同じ意見を吐露して、海戦を行なえと進言したのであるが、ひとりアルテミシアだけは次のように語ったのであった。
 (α)「マルドニオス、どうか王に私のため申し上げてください、エゥボイアの海戦で決して最も卑怯(ひきょう)でもなかったし、またその功績においても決して最も劣ってもいなかった私が、次のように申しています、と。王様、余人はともかく私といたしましては、ちょうど私が何よりあなたの武運のおためになると考えている事なのですが、意見をありのままに打ち明けねばなりませぬ。そして、どうぞ軍船を大切になさって決して海戦をなさらないように、というのが私のあなたに申し上げようとする事なのです。 と申しますのは、相手の人間は海上ですと、男が女に対するくらいあなたの軍勢にまさっているからなのです。また、なぜどうしてもあなたは海戦の危険を冒さねばならないのですか。あなたはまさには遠征に出かけられた当の目標のアテナイを掌握しておられないのですか、また、他のギリシャも抑えていられるではありませぬか。そして、誰一人あなたに刃向かい逆らう者とてはなく、あなたに反抗した者は彼等にふさわしい末路をとげたのです。
 (β)また、私として敵の武運がどういう末路をたどるものと考えているかを申し上げましょう。もしあなたが性急に海戦を行なわれないで、軍船をこの地に陸近く擁しておられるならば、ここにとどまっても、あるいはペロポンネソスへ進撃なさっても、王様、あなたがもくろんで出かけて来られた事はすらすらと運ぶでしょう。なぜなら、ギリシャ人はもう長くあなたに刃向かう事はできないで、彼等はあなたにけ散らされて、それぞれ各ポリスへ逃走する事でしょうから。つまり、私の聞いているところによれば、あの島では彼等の手もとには食糧もありませぬし、一朝あなたがペロポンネソスへ陸軍をお進めになれば、その地出身の彼等が手をこまぬいて傍観するものとも思われませぬし、また、アテナイ人のために海戦を交えるのが彼等の本意でもないでしょう、というわけなのです。
 (γ)これに反し、もし直ちにあなたが意気込んで海戦を行なわれるならば、私は傷ついた水軍が陸軍をも破滅の道連れにしはしまいかと恐れるのです。それに王様、よくある事ですが、りっぱな人達が悪い奴僕を持ち、悪い人間がりっぱな奴僕を持っているというこの事も銘記していただきたいのです。そして、万人に冠たるあなたは、エジプト人、キュプロス人、キリキア人、パンピュリア人の事ですが、同盟軍という規定にはいるといわれる悪い奴僕をお持ちであり、これらの者は全く何の役にも立たないのです」


……《巻八 サラミスの海戦》より


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