「ヒューマノイド」

ジャック・ウィリアムスン/川口正吉訳

ドットブック版 336KB/テキストファイル 229KB

600円

地球から百光年以内の多くの惑星へ人類が進出していた時代、すでに地球は、死に絶えた無人の惑星にすぎなかった。スターモント天文台を擁するこの惑星は宇宙空間に散在する国家の一つであり、三惑星同盟の脅威に立ち向うべく、万全を期していた。天文台長のフォレスター博士は、あらゆる物質を完全に消滅させることにより核分裂の千倍のエネルギーを放出させるという反物質装置を開発していた。だが、新たな事件がもちあがる。植民空域の果てにある惑星ウィング4から、無数の機械人間――ヒューマノイド――を満載した宇宙船がやってくるという。彼らは、人間世界から戦争を絶滅し人間に奉仕するために創造されたのだったが……。アシモフのロボットものと並ぶSF!

ジャック・ ウィリアムスン(1908〜2006)アメリカの作家。1928年、短篇が『アメージング・ストーリーズ』誌に採用されてデビュー。これを機にテキサス州立師範学校を中退し、作家となった。代表作は本作以外に、『宇宙軍団』『エデンの黒い牙』『超人間製造者』など。「SF界の長老」のあだ名があり、アシモフらに多大な影響を与えた。

立ち読みフロア
 花崗岩みたいにいかめしい顔の守衛長がその少女をみつけた。
 少女は、丈の高いフェンスの外側で、おずおずと彼を見上げていたのである。安っぽい黄色のドレスを着た、うすぎたない小娘である。アスファルトが焼けているので、少女は素足を交互にひきずっている。何か食物でもねだりにきたのかな、と守衛長は思った。
「ちょっと、あのう、スターモント天文台ってここでしょう?」と少女はまともな息もつけず、こわごわときいた。「所長にお会いできません? クレー・フォレスター博士に?」うるんだ眼が輝いた。「おねがいです。とても大事なことなんです」
 この小娘どこから入ってきたのだろう、と守衛長はいぶかしげに少女を見おろした。九歳ぐらいだろうか。頭がバカにでかく、眼がひどく窪んでいる。長い飢餓にやられたような痛ましさだ。だが素直な黒髪は短かく刈られ、櫛(くし)はあててある。守衛長はしずかに頭を振った。こんな幼い少女がひとりでここにいることが不思議でならなかったからである。からだを顫(ふる)わしている少女の眼に、切羽詰った烈(はげ)しさが感じられた。しかし迷児の小娘などをフォレスター博士に会わせるわけにはいかない。
「パスがなければダメだね」自分の荒々しい声に少女がびっくり尻込みしたのに気づいて、守衛長は微笑をつくってみせた。「スターモント天文台は軍の施設だからだよ、分っているね?」彼を見上げる黒い瞳に不安のいろが現われているのに気づき、声をやわらげた。「でも、きみは何という名前だね?」
「ジェーンです」少女は力のない声をせいぜいに張り上げた。
「ちょっと博士にお会いしなければならないんです」
「ジェーン? 他に名前はないのかね?」
「みんないろんな名前で呼んでいます。ほんとうの名は分らないんです」黒い瞳をかすかに下へそらした。「みんな《キーキー》だの、《むしころ》だの、《ひよこ》――それからもっといやな名前であたしを呼びます。でもホワイトさんはあたしのほんとの名前はジェーン・カーターだっていいました――そしてホワイトさんがフォレスター博士に会うようにって、あたしをよこしたんです」
「どこから入ってきたの?」
 守衛長は、フェンスの外側に沿っている狭い道路のほうへ眼をやった。道路は、このあたりでただひとつの山の裾を縫って、下の黄褐色の砂漠地帯へ、真直ぐに、そして黒い条(すじ)になって伸びている。ソルトシティは三〇マイル先である。少女の足で歩ける道程(みちのり)ではない。だが見渡しても乗物らしいものは見えない。
「ホワイトさんがあたしに――」
「ホワイトって誰だね?」守衛長がさえぎった。
 少女の眼が輝いた。ホワイトという人物をよほど信頼しきっているのであろう。
「哲学者です」哲学者(フィロソファー)ということばがよく発音できなかった。「赤い、もじゃじゃ髯(ひげ)をつけています。よそからやってきたんです。あたしを打(ぶ)つ怖(こ)わいところから、助けだしてくれました。あたしにとても親切にしてくれました。あたしに遠隔――」言いかけて声を呑んだ。「フォレスター博士に、書類を持っていけって、あたしに言いつけたんです」
「どんな書類だね?」
「これです」痩せこけた手がドレスから書類を出しかけた。守衛長の眼に、よごれた細い指にはさまれた灰色のカードが一枚、ちらと映った。「メッセージです――とっても大事なことなんです!」
「置いていってもいいよ」
「ええ」――娘の、艶のない痩せた顔にうやうやしい微笑がうかんだ。「でもホワイトさんは、フォレスター博士以外には見せちゃいけないって言いました」
「いいかね、嬢ちゃん――」少女のひるむのを見て、ことばを柔らげようとつとめながら、「フォレスター博士は偉い方なんだよ。それに、とてもお忙しいんだ――きみが防衛委員会の証明証でも持ってきた査閲(さえつ)将官でもないかぎり、とても会うことなんかできないんだよ。分ったね? 気の毒だが、きみを中へ入れるわけにはいかない」
「そう――じゃ、どうしようかしら?」少女は心細そうな表情でうなずいた。
 少女はしばらく、焼けたアスファルトの上で、足を踏みかえるのも忘れて、立っていた。骨のあらわな頭をかしげ、眼をなかば閉じ、何かに聴きいっているような表情をしていたが、やがてうなずき、何かささやいた。それからまた守衛長に向き直った。
「それじゃ、アイアンスミスさんにお会いできません?」
「いいとも、嬢ちゃん!」と、守衛長は安堵したように微笑した。「なぜそれを早くいってくれなかったんだい。フォレスター博士に会うのは難しいが、フランク・アイアンスミスなら誰だって会える。偉いひとじゃないし、それにわしの友だちだからね。さあ、こっちの日陰へ入りなさい。いま呼びだしてあげる」
 少女は黙ってうなずいて、守衛ボックスの前にかかった狭い日除けのなかへ入った。守衛長は電話器をとりあげ、天文台の交換台を呼び出して訊いた。
「あるともさ。フランク・アイアンスミスは電話があるんだよ」交換手の鼻にかかった声がひびいてきた。「彼はいま計算課で働いている。スターモント八八番だ。……そう、ロッキー、いま出勤しているよ。計算課へいく寄り道に、ぼくにコーヒーを一杯もってきてくれたばかりだ。……ちょっとその電話を切らないでおいてくれ、つなぐから」
 アイアンスミスは守衛長の話を全部聴きおわると、すぐそこへ行くと言って電話を切った。待っている間、少女はポケットのなかでカードを握りしめていた。落着けないらしく、屈んで、フェンスの外の砂漠産の雑草の花を摘んだりしていた。けばけばしい黄色い花である。そして、大きな眼で守衛長を不安げに仰いだ。

……冒頭より


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