「一握の砂・悲しき玩具」

石川啄木/作

ドットブック版 169KB/テキストファイル 49KB

300円

東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる…処女歌集「一握の砂」の第一句。「呼吸(いき)すれば、胸の中(うち)にて鳴る音あり。凩(こがらし)よりもさびしきその音!」…第二歌集「悲しき玩具」の第一句。孤独と貧しさのなかで歌への志を失わず、27歳で逝った啄木の代表作。

石川啄木(1886〜1912)岩手県生まれ。曹洞宗住職の息子。盛岡中学を退学処分。「明星」に詩を発表、天才少年詩人といわれたが、小学校代用教員、地方紙記者などを転々、苦しい暮らしを支えた。08年に上京し、はじめは小説、のちは短歌に新境地をひらこうと苦闘した。大逆事件を機に社会主義に関心をもって評論を発表したが、肺結核にたおれた。享年26歳。

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 我を愛する歌

東海(とうかい)の小島(こじま)の磯(いそ)の白砂(しらすな)に
われ泣(な)きぬれて
蟹(かに)とたはむる

頬(ほ)につたふ
なみだのごはず〔ぬぐわず〕
一握(いちあく)の砂を示(しめ)しし人を忘れず

大海(だいかい)にむかひて一人(ひとり)
七八日(ななやうか)
泣きなむとすと家を出(い)でにき

いたく錆(さ)びしピストル出(い)でぬ
砂山(すなやま)の
砂を指もて掘(ほ)りてありしに

ひと夜(よ)さに嵐(あらし)来(きた)りて築(きづ)きたる
この砂山は
何(なに)の墓(はか)ぞも

砂山の砂に腹這(はらば)ひ
初恋の
いたみを遠くおもひ出(い)づる日

砂山の裾(すそ)によこたはる流木(りうぼく)に
あたり見まはし
物(もの)言(い)ひてみる

いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握(にぎ)れば指のあひだより落つ

しつとりと
なみだを吸(す)へる砂の玉
なみだは重きものにしあるかな

大(だい)という字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来(きた)れり

目さまして猶(なほ)起(お)き出(い)でぬ児(こ)の癖(くせ)は
かなしき癖ぞ
母よ咎(とが)むな

ひと塊(くれ)の土に涎(よだれ)し
泣く母の肖顔(にがほ)つくりぬ
かなしくもあるか

燈影(ほかげ)なき室(しつ)に我あり
父と母
壁のなかより杖(つゑ)つきて出(い)づ

たはむれに母を背負(せお)ひて
そのあまり軽(かろ)きに泣きて
三歩あゆまず

飄然(へうぜん)と家を出(い)でては
飄然と帰りし癖よ
友はわらへど

……歌集「一握の砂」冒頭より


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