「怒りの器」

モーム/増野正衛訳

ドットブック版 211KB/テキストファイル 171KB

300円

「南海もの」といわれるモームの短編集の総決算『阿慶(アーキン)』から「密林の足跡」「機会の扉」「怒りの器」の3編を収録。「私の観察によると、いかなる場合でも、善人と悪人との間には、世の道学者流が私たちに信じさせようとしているほどの違いは、ないように思われる」と書いたモームの姿勢がよくうかがわれる。

サマセット・モーム(1874〜1965) 二十世紀のイギリスを代表する作家。複雑な人間の心理に鋭いメスを加え、読者のつきせぬ興味をかきたてる精緻をきわめた描写で知られる。代表作 「人間の絆」「お菓子とビール」「剃刀の刃」のほか、数多くの多彩な短編の書き手としても有名。

立ち読みフロア
 マレーじゅうでタナー・メラーよりも魅力的な土地はない。海に面していて、砂浜はキャジュアライナの樹々で縁(ふち)どられている。政庁は今もなお、オランダ人が占領していた時代に建設した昔ながらの市庁(ラード・フイス)にあって、かつてポルトガル人がそこに立てこもって手強(てごわ)い土民たちを抑圧しながら支配しつづけたという要塞が、今は灰色の廃墟となって丘の上にある。タナー・メラーには歴史があり、海を背にして夕涼みのときには見晴し廊(ロジア)に坐って潮風を味わうことができる壮大な迷宮のような邸宅には、もうこの土地に三百年から定住してきた華僑たちの一族が住んでいるのだ。大方の人たちはもはや母国語を忘れてしまい、マレー語か中国英語(ビジン・イングリッシュ)を用いてお互いの意思の疎通を計っている。あたたかい気持に包まれた想像が、この土地にはまつわりついている。というのも、マレー連邦州での過去というものが、大体において今生きている人々の父親が記憶していた範囲内に収まっているからなのだ。
 タナー・メラーは久しい間、東南アジアで随一の繁忙な商業の中心地だったし、南シナ海を大型帆船(クリッパー)や平底帆船(ジャンク)が航行していた頃には、ここの港には船舶が群がり集まっていたものだった。しかし今では、この町は死んでしまっている。かつて重きをなしていたが、今は過ぎ去った壮麗さを思い出のうちに噛みしめつつ生きているというような土地で必ず感ぜられる、あのもの悲しくロマンチックな雰囲気が、この町にもあるのだ。物憂い小さな町で、ここを訪れた人たちは生来の気力を失ってしまい、知らず識らずのうちに安易な生気のない生活にはまり込んで行ってしまうのだった。ゴムの俄(にわ)か景気が続けざまに起こったのに、この町は全然繁昌せず、しかもその後にやって来る不況だけはその衰微に拍車をかけるのである。
 西洋人の居留地帯はすこぶる閑静だ。小綺麗にきちんとまとまっていて、それに清潔なのだ。白人たち――ほとんどが政庁の官吏や各種商社の代理人たちだが――の住宅は広い空地(パダング)を囲んでトンキン肉桂(シナモン)の樹陰に立ちならび、みなそれぞれに住み心地よくゆとりのありそうな木造平家(バンガロー)だ。それに真ん中の空地(パダング)がとても広い緑地で、手入れも行き届いていて、まるで寺院の境内の芝生のようだ。そういえば、タナー・メラーでもこのあたりの眺めには、カンタベリーの付近を思い出させるような、なにかしらひっそりとした、奥まった感じがある。
 クラブは海岸に面して立っている。堂々とした建物ではあるが、もうあちこちがいたんでいる。粗略に扱われているらしい感じで、内部へ入って行った人は悪いところへ押しかけてしまったと思うだろう。つまり、そこが模様替えか修繕のために目下休館中らしいのに、自分は軽率にも入口の扉が開いていたのをよいことにして、用もないのにのこのこ入ってしまった、という感じを持つだろうというのだ。午前中ならば、商用で農場から出向いて来た農園主が二人ばかり陣取っていて、帰りぎわのジン・スリングを飲んでいたりする。午後おそく行ってみると、奥さんらしいのが一人二人、あたりに気を兼ねながら月おくれの「絵入りロンドン新聞(イラストレーテッド・ロンドン・ニューズ)」を引っ張り出しては眺めているかも知れない。日が暮れると、男が三、四人ぶらぶらやって来て、ビリヤード室のあたりに席を占め、球の行方を眼で追いながらスク酒をちびちびやっている。だが毎週水曜日には、いつもより多少活気づくようだ。二階の広間で蓄音器がかけられ、近郊の人々がそこへダンスをしにやって来るのだ。時とすると十組以上もの男女が集まることもあり、ブリッジの卓が二組揃ったりすることもある。
 私がカートライト夫妻に出会ったのは、そうした折のことだった。私は警察署長をしているゲイズという人の家に滞在していたのだが、私がクラブのビリヤード室に坐っていたときにそのゲイズもやって来て、ひとつ四ツ玉でお手合わせを願えませんかと言った。カートライト夫妻は農場を経営していたのだが、毎週水曜日には娘に面白い思いをさせてやりたくてタナー・メラーへやって来るのだった。ゲイズの話では、みんなとても好い人たちですよ、おとなしくて、差し出がましいところはないし、それにブリッジのお相手をしてもとても楽しいですしね、とのことだった。私はゲイズに連れられてカード遊戯室へ行き、そこで夫妻に紹介された。彼らはすでにカード台に向かって着席していて、カートライト夫人がカードを切っていた。カードを切るときの彼女のあざやかな手さばきを眼にした私は、なにかしら彼女に信頼感を感じた。一組のカードを半分ずつに分けて持つその両手は大きく逞(たくま)しく、手ぎわよく片方のカードの束の一角に他方のカードの束を挿(はさ)み込んで行ったかと思うと、今度は小憎らしいほど平然とした身振りで、ちりちりと音を立てさせながら両手のカードを一つに融け込ませてしまった。
 まるでなにかの魔法使いの術を見せられているような気持だった。よほどの年季を入れなければ、こんなにも立派にやりこなせるものでないことは、カード遊びをする人ならよく知っているはずだ。またそんな人々ならば、彼女のような切り方のできる者が本当にカードそのものを愛している人物なのだということが、おそらくわかっているにちがいない。
「わたくしと主人とで組ませていただいても、よろしいかしら?」とカートライト夫人が言った。「主人とわたくしとでお金の取り合いをしても、面白いことありませんもの」
「ええ、どうぞ」
 われわれは親をきめるための札を引いて、そしてゲイズと私とは椅子に腰を下ろした。カートライト夫人がエースの札を引いて親になり、手さばきもあざやかにカードをくばり分けながら、ゲイズと土地の出来事について話し合っていた。けれども私は、彼女が私の人物評定をしているらしいのを感づいていた。なかなか抜け目のない、しかし気立てはよさそうな奥さんだった。
 彼女はもうかれこれ五十代らしく(もっとも東洋では、みんな早く年をとるので、年齢の識別にすこぶる困難なのではあるが)、白い頭髪をまったく無造作になでつけ、額に垂れ下ってくる長い髪束をひっきりなしにかき上げる動作には、なにかいらいらした感じがあった。ヘヤピンが一本か二本あったら、そんな手間をかけずにすむだろうに、どうしてそれをしないのだろうと不思議に思われるほどだった。
 彼女の青い両眼は大きく見開かれていたが、どこかしら弱々しく疲れている風だった。その顔は輪郭がはっきりして蒼ざめていたが、彼女がなかなか辛辣(しんらつ)な、しかしゆとりのある皮肉屋であるらしい印象を与えるのは、その口元の感じだったように思う。一応自分なりに腹をくくっていて、しかも思うことを怖れもなくズバズバ言ってのける女……そういった風な女性だった。カードをしながらよく喋る人だった(人によっては、そうしたお喋りをひどく嫌うものだが、私は別にそのために迷惑することはない。カード遊びをするときに、法事のときのような顔つきをしなくてもよかろうではないか)。それに彼女のお喋りを聞いていると、あれでなかなか見事な冗談をとばすコツを心得ているのがわかるのだ。小気味よく山葵(わさび)が利いているが、すこぶる面白くて、よほどの愚物でないかぎり気をわるくさせられるようなことはない。時としての可笑しさを味わうのに、こちらのユーモア感覚を総動員せねばならないような当てこすりを彼女が口にするようなことがあるが、そうした場合には、彼女が他人ばかりでなく自分をも槍玉に挙げようとかかっているのがすぐに察知できたはずだ。こちらが運よく当意即妙の応答を投げ返して彼女を笑い種(ぐさ)にしてやったりすると、あの大きなうすい唇の口元がほころびて、冷ややかな微笑が浮かび、両眼がきらきらと輝くのだった。
 私は彼女をとても愉快な人物だと思った。あの腹蔵のなさが好ましかった。それにまた、即妙の頓智も好きだった。あまりぱっとしない容貌までもが好きだった。自分の容姿について、こんなにまでも関心を持たない女性を、私はかつて見たことがなかった。無精たらしいのは頭髪ばかりではなく、何もかもがだらしない感じだった。彼女は襟ぐりの浅い絹のブラウスを着ていたが、涼風を入れるために一番上のボタンを外しているために、やせてしなびた首がむき出しにさらけ出されていた。またそのブラウスたるや、しわくちゃで、義理にも清潔だとはいえなかった。のべつ幕なしに煙草を吸うので、全身が灰だらけなのだ。彼女が誰かに話しかけるべくちょっと立ち上がったとき、私は彼女の青いスカートが、裾の伏せ縫いのあたりが擦り切れていて、長いことブラシをかけたこともないらしいのを眼にした。踵の低い、重たそうな靴を履いていた。けれども、そうしたものが一切問題にならないのだ。彼女が身につけているものは、何もかもがその人柄にぴったりしているのだった。
 それにまた、彼女とブリッジをやるのは、すこぶるもって楽しかった。彼女はためらうことを知らず、てきぱきとカードを引いては切ってゆくし、眼がよく利くばかりでなく、ものすごくよく勘が働いた。だからもちろん、彼女はゲイズの手口はもうよく知っていたのだが、私はそのときが初手合わせだったわけだが、彼女はまもなく私の力量を読みとったようだった。彼女とその夫とのチームワークは大したものだった。夫の方はやり口が堅実で用心深かったが、彼女はそれを知っているから、安心して大胆な手が打てるし、危険なしに派手な真似ができるという寸法だった。
 ゲイズは、よもや自分の失策につけ込むだけの勘は敵側にあるまいというような、希望的な観測の上に立って、愚かしくも楽天的な手を打つ男だったから、私と彼の組はとてもカートライト夫妻に歯が立つものではなかった。われわれは三番勝負(ラバー)を何回も負けつづけて、もうしまいにはまるで好きで負けているみたいに、ただ負けるたびに笑っているばかりだった。
「カードがどうかしているのかな」と、しまいにはゲイズが泣き言を口にした。「組札がみんな揃っているのに、結局負けてしまうんですからねえ」
「あなたの切り方の上手下手の問題じゃありませんよ、これは」カートライト夫人は例の青白い眼差しで彼をまじまじとみつめながら言った。「ただもう、ひとえに運がわるいというだけのことですよ。でも、もしも……ね、あなたの今の最後の手で、ダイヤの札にハートを混ぜなかったら、あの勝負は負けないですんだと思いますわよ」
 ゲイズは、われわれに大損をさせることになった今しがたの勝負でどうしてへまをやったかを、くどくど説明し始めたが、カートライト夫人は例の巧みな手さばきでカードを大きく円形にくばりひろげて、われわれに親定めの札を引かせようとした。カートライトが時計を見た。
「もう、これでしまいにすべきだろうね、お前」と彼は言った。
「あら、そう?」彼女は自分の時計をちらりと見て、それから部屋を通りかかった若い男に呼びかけた。「ああ、ブリンさん。もし二階へいらっしゃるのでしたらね、すみませんけれどオリーヴに、もう四、五分したら帰るからって言ってやって下さいましな」彼女はそれから私に向かって言った。
「農場まで帰るのに、たっぷり一時間はかかるんですのよ。それでいて可哀そうに、セオは、明け方にはもう起きなけりゃならないのですものね」
「まあ、いいさ。ここへ来るのは週に一回だけだもの」と、カートライトは言った。「それにオリーヴが陽気になって、思いきりはしゃげる折でもあるしね」
 カートライトは疲れていて、大分老けてみえるように思われた。中肉中背で、頭は禿げてテカテカ光り、こわい胡麻塩の髭を鼻下にたくわえ、金縁の眼鏡をかけていた。白い亜麻布の服を着て、黒地に白い縞の入ったネクタイを締めた彼の身なりは、まあまあきちんとしているというべく、とにかく無精な奥さんに比べればかなり服装に気をつかっているのがわかった。彼は口数が多くはなかったけれども、自分の妻の飛ばす辛辣な諧謔(かいぎゃく)をおもしろがっていることはたしかだったし、時たま、きわめてあざやかに妻にしっぺい返しを喰わせることもあった。お互いに親しい友達同士であることは、一見して明らかにわった。ながい年月を共に生きて来て、もうそろそろ老境に入ろうとする二人の男女が、しっかりとおおらかな愛情で結びついているのは、はたで見ていても気持のよいものだった。

……「密林の足跡」冒頭より


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