「鉄仮面」(上・下)

アレクサンドル・デュマ作/石川登志夫訳

愛蔵版
エキスパンドブック(挿し絵入り1巻本) 1383KB/【900円】


普及版
(上)ドットブック 244KB/テキストファイル 169KB
(下)ドットブック 253KB/テキストファイル 178KB/【各400円】

ルイ十四世の治下に企てられた奇想天外な「王位簒奪」計画。その背後には元三銃士の一人で今はヴァンヌの司教にまで出世したアラミスがいた。アラミスは何も知らない「友」ポルトスを陰謀の仲間に引き入れる。いっぽう、伯爵アトスは王に率直な意見をのべて獄につながれるが、銃士長ダルタニャンの説得で王も折れ、釈放されてブロワの田舎に引っ込む。陰謀はフーケの城館を舞台にまんまと成功する。だが……。「三銃士」プラス、ダルタニャンの四銃士の最後を描く陰謀と活劇の歴史絵巻。

アレクサンドル・デュマ(1802〜70) フランスの小説家、劇作家。黒人系の血をひき、北フランスのヴィレール=コトレに生まれる。パリに出て法律を学び、能筆を認められてオルレアン公の秘書になるが、18のときに観た「ハムレット」を忘れられずに劇作に打ち込み、29年「アンリ3世とその宮廷」によってデビュー。以後、多くの劇作によって評判をとった。35年頃からは歴史小説に手を染め、「三銃士」(のちに大連作「ダルタニャン物語」として完成)、「モンテ・クリスト伯」などの大作を次々に発表、世界を代表するエンターテイメント作家になった。派手な暮らしでも有名になったが、晩年はひっそりと息子の住む別荘先で亡くなった。

立ち読みフロア
 フランス国王ルイ十四世はラ・フェール伯爵が、王に拝謁(はいえつ)を願い出て、控えの間に待っているのを知って、伯爵に対して機嫌よくふるまいたいと思った。しかし、王は伯爵の突然の拝謁がけっして、たんなるご機嫌うかがいではなくて、何か他に重大な用件のために参内(さんだい)したのに相違ないと、心の中で漠然と感じていた。ましてアトス(ラ・フェール伯爵のこと)のような人物、すぐれた心の持ち主に対しては、けっして不快な、取り乱した印象をあたえてはならなかった。
 かろうじて、うわべだけでも落ち着きを取り戻した国王は、伯爵を引見するから案内するようにと、廷臣に言いつけた。
 数分たつと、フランス宮廷で、彼だけが佩用(はいよう)を許されていた幾多の勲章で胸間を飾った大礼服姿のアトスは、王が予感したとおりに、まじめな荘重なようすではいってきた。
 ルイは伯爵の方へ一足踏み出して、顔に笑みをたたえながら、手をさし出した。アトスはこの手をいただいて、うやうやしく頭をたれた。
「ラ・フェール伯爵、だいぶ見えなかったがこうしてあなたに会えて、予も満足に思います」と王は言った。
 アトスは一礼して、答えた。
「私もこうして陛下のおそば近くおりますことは、非常に喜ばしく存じます」
 こうした丁重な返事も、実は次のような意味をはっきりと表わしているのだった。すなわち、
「私は陛下のおあやまちを取り除くために、おいさめにまいったのでございます」という意味である。
 王はそれを察して、伯爵の前では、国王の威厳をもって、何を言われても、毅然(きぜん)とした態度を崩すまいと思った。そして、彼に向かって、
「予に何か話すことでもあるのか? あるなら、早く言ってください。納得がいくように返事をするから」
「なにとぞ、確かなお言葉を賜(たま)わりとう存じます」とアトスは感動に身をふるわせながら言った。
「陛下、今日私がこうして御前(ごぜん)にまかり出ましたのは、私の息子(むすこ)のブラジュロンヌ子爵と女官ラ・ヴァリエールとの結婚を許可あらせられるように、陛下に嘆願しにまいったのでございます」
「やはりそうだ」と王は心の中で思った。そして声高(こわだか)に言った。「なるほど、この前もその話は聞いた」
「はい、その際、陛下はラ・ヴァリエールをブラジュロンヌ子爵に賜うことを、私に拒絶されました」
「いかにも」とルイはつっけんどんに答えた。
「その婚約は許せぬと仰せられました」と、アトスはせきこんで言った。
 ルイはがまんして聞いているので、じりじりしていた。
「ラ・ヴァリエールは財産もなく、家柄もなく、それに……」とアトスは続けて言った。
 王はしんぼうできずに、肱掛椅子(ひじかけいす)にどっかと腰をおろした。
「それに、器量も悪いという理由で、陛下はこの結婚に反対されました」とアトスは臆面(おくめん)もなくずけずけと言った。
 この「器量も悪い」という言葉は、ラ・ヴァリエールの愛人であるルイ十四世の心臓にぐさっと刺さって王を憤慨させた。
「あなたは記憶がいいね」と王は言った。
「陛下、私が陛下のお言葉を覚えておりましたのは、そのお言葉がブラジュロンヌのために非常に名誉ある利益の証拠と信じたからでございます」と伯爵は躊躇(ちゅうちょ)せずに言った。
「では、そのとき、あなたがこの結婚をたいそう迷惑がっていたことを覚えているかね?」と王は言った。
「はい、覚えております」
「それならば、予もあなた以上に記憶がいいから、あなたが『ブラジュロンヌに対するラ・ヴァリエールの愛を私は信じない』と言った言葉をよく覚えているぞ」
 アトスは一本やられたと思ったが、退かなかった。
「陛下、そのことにつきましては、すでに私はお許しを請いました。しかし、この話は終わりまでお話ししなければおわかりにはなりません」
「終わりまで言ってみよ」
「それはこうでございます。陛下はブラジュロンヌのために、この結婚を延期したほうがよいと仰せられました」
 王は黙ってしまった。
「ところが、今日では、不幸なブラジュロンヌがもうこれ以上は待てぬ、すみやかに陛下にご解決お願いすると申しております」
 王はまっさおになってしまった。それをアトスはじっと見つめた。
「うむ、それで……ブラジュロンヌは……どうしてくれというのかな?」と王はためらいながら言った。
「この前、私が陛下に拝謁しました際、お願いいたしましたことでございます。この結婚に対する陛下のご同意をお願いいたします」
 王は無言のままだった。
「それは障害になっている問題を取り除くことでございます」アトスは言葉を続けた。「財産もなく、家柄もよくない、またそれに器量も悪いラ・ヴァリエールは、けっしてブラジュロンヌのよい結婚相手ではございませんが、子爵がこの若い娘を非常に愛しているのでございます」
 王は両手を組んだ。
「陛下はなんでご躊躇されますか?」とアトスはその堅き決意を鈍らせず、慇懃(いんぎん)に尋ねた。
「予は躊躇なぞはせぬ……拒絶する」と王は答えた。

……冒頭部分より

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