「イタリア紀行(上)」

ゲーテ/高木久雄訳

ドットブック 2.77MB/テキスト版 282KB

800円

政治顧問官、貴族、大臣としてヴァイマルで華々しく活躍するゲーテは、一方で芸術家としては沈滞していた。行き詰まりを打開し、新しく生まれ変わろうとしてゲーテは密かに憧憬(あこがれ)の国イタリアへ脱出する。南欧の自然に陶酔し、生命の充溢を求めるゲーテの心象がヴェネツィア、ローマ、ナポリ、シチリアの美しい風物に託して語られる。ドイツ語版からの当時の珍しい銅版画も多数収録。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)ドイツの詩人、劇作家、小説家、哲学者、自然科学者、政治家、法律家。ドイツを代表する知識人であり、作家としては小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残した。『ファウスト』は20代から死の直前まで書き継がれたライフ・ワークである。ほかに旅行記『イタリア紀行』、自伝『詩と真実』や、自然科学者として「植物変態論」『色彩論』などの著作を残している。

立ち読みフロア
 ヴァルヒェンゼーには四時半に着いた。この村から一時間ばかりのところで、ある愉快な事件に出くわした。十一になる娘をつれて先を歩いていた竪琴弾きが、その子を馬車に乗せてくれるようにぼくに頼んだのである。楽器は彼がそのままかついでいくことにし、娘はぼくのそばに坐らせてやった。彼女は大きな新しいボール箱を大切そうにその足もとにおいた。可愛らしく、よくしつけられた子で、世間のことにもすでにかなりよく通じている。母と一緒にマリア・アインジーデルへ巡礼して歩いたのだが、二人がさらにコンポステルのサンチャゴへ旅行しようとしたとき、母が亡くなって、彼らの願かけは実現しなかった。
 聖母様への信心は、どんなにしても十分ではありません、と娘は言った。ある大火のあとで彼女は一軒の家が根こそぎ焼け落ちてしまうのを見たが、扉の上のガラスの額に入れた聖母像は、そのガラスもその画像も損傷を受けていなかった。これこそは奇蹟を目(ま)のあたりに見たものだ。旅行はすべて徒歩で、ミュンヒェンの選帝侯の御前を最後に、全部で二十一人の君侯を前にして演奏したことになる、といった話を娘から聞き、じつに面白かった。きれいで大きな鳶(とび)色の眼、時おり少し上のほうへ小じわがよる強情そうなひたい。話をするとき、とくに子供っぽく大きな声で笑うとき、彼女は自然のままで好ましかった。ところが黙っているときには、何か意味ありげで、上唇のあたりに不快な表情を示した。
 さまざまなことをぞんぶんに話し合ったが、彼女はあらゆることに通じていて、事物にもよく気をつけていた。たとえばぼくにこれは何の木かと尋ねたことがあったが、それは立派な大きな楓(かえで)の木で、旅に出て初めて目についたものだった。彼女はそれをすぐに覚えてしまい、その木が幾本か次々に姿を現わすと、自分にもそれは他の木と区別できる、と言って喜んだ。彼女はボーツェンの市(いち)に行くのだが、あなたもたぶんそこへお出でになるのでしょう、そこでまたお会いできたら歳の市で何か買っていただかなくては、と言い、ぼくもそれを約束した。彼女は、ミュンヒェンにいたときに稼いだお金で造らせた新しい帽子をあそこでかぶるつもりだが、それをいちはやくぼくに見せておきたい、と言うのである。そこで彼女は例の箱をあけ、きらびやかに刺繍をし立派にリボンを飾りつけたその帽子を、ぼくは彼女とともに喜んでやらねばならなかった。
 もう一つ嬉しい見込みがついて同じように一緒に喜んだ。それはつまり天候に恵まれることを彼女が保証してくれたことだ。彼女は、自分たちは晴雨計を携えているが、それは竪琴のことで、最高部の音が高いときは天気はよくなるということで、今日はそのとおりだった、と言うのだ。ぼくはこの前兆を信じ、遠からぬ再会を期待し、上機嫌で別れた。


……《ミッテナンヴァルトにて》

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