「イタリア紀行(下)」

ゲーテ/高木久雄訳

ドットブック 1/26MB/テキスト版 221KB

800円

ローマへの憧れはゲーテにとっては一種の熱病であった。「第二次ローマ滞在」で発見したローマは「歳月に移りゆくローマ」ではなく、「永続するローマ」であった。ゲーテはそこに自己の理想を投影し、「土地に深く根をおろした生活の報告」を卓抜した筆致で書きつづる。「イタリア紀行」発表後、十年の歳月を経て(ゲーテが世を去る二年前)公刊された続編。
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七月二十四日、火曜日
  ヴィラ・パトリッツィへ行った。落日をながめ、すがすがしい空気を味わい、わが精神を大都市の像で満たし、わが視界を長い線でもって拡張し単純化し、多くの美しく多様な対象によって豊かにするためだ。この晩は、アントニヌス記念柱の広場やキージ宮が月光に照らされるさまを見、年へて黒くなった記念柱が、より明るい夜空を背景に、白く輝く台脚の上に立つのを見た。このような散策の途上では、ほかにもどれほど無数の美しい物に出会うかしれない。しかし、これらすべてのもののごくわずかな一部だけでも自分のものとするためには、いかに多くの時間が必要であろうか! それには一人の人間の生涯が、いや、つねに一段また一段とたがいに学びあって進んでゆく多くの人の生涯が必要である。
…………………………
 親しい人びとよ、このようにしてローマが、ローマの雰囲気が、芸術と美術家たちが、ぼくにますます熟知したものとなり、もろもろの事情がわかってくる。それらは共に生活し、あちらこちらと歩きまわることによって近しい自然なものとなってくる。たんに訪れるだけでは、誤った概念をあたえるだけだ。人びとは当地でも、ぼくを静かな秩序ある生活から連れだして世間のなかにひきいれたがっているが、ぼくはできるかぎり身を守っている。約束をし、延期をし、回避し、また約束をする。つまりイタリア人にたいしてはイタリア風に振舞っているのだ。枢機卿で国務卿でもあるブオンコムパニは、それとはっきりわかるようなそぶりさえしてみせたが、九月なかばに田舎へ出かけるまで、受け流しておこう。ぼくは紳士淑女を恐れはばかること疫病のごとしで、彼らが馬車を駆るのを見ても、すでに苦痛をおぼえるほどだ。

……「ローマにて」より


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