「じゃじゃ馬ならし」

シェイクスピア/三神勲訳

エキスパンドブック 378KB/ドットブック 104KB/テキストファイル 67KB

400円

猛獣使いが猛獣をならすように、むやみに気の強い女をムチの力をかりて世にも従順な妻に仕立てることに成功する男の話(ペトルーチオとキャタリーナ)と、キャタリーナの妹ビアンカを中心にした洗練された社交的雰囲気を持った恋のかけひき……乱暴な娘がおとなしい妻になる話と、おとなしい娘が強い妻になる話が、おもしろおかしく繰り広げられるシェイクスピアのどたばた喜劇。
立ち読みフロア
〔ヒースの生い茂った野原、居酒屋の前。戸がひらき、おかみに追いたてられたスライがよろめきながら出る〕
【スライ】の、のしちまうぞ、このあま!
【おかみ】いいよ、ひっくくってもらうから、このごろつき!
【スライ】ごろつきだと、くそばばあ。スライさまを知らねえな。歴史にちゃんと書いてあらあ。このスライさまは、はばかりながらリチャード征服王以来のお家柄だ。だから、要するにだ、へ、なにをくよくよ川端柳、あら、えっさっさ、とくらあ。
【おかみ】コップなんかこわしてさ、弁償する気もないのかい?
【スライ】ああ、ないとも、びた一文だって払わねえ、油断なさるな判官どの。そろそろ立ちもどって、つめてえ寝床でぬくまりましょうぞ。(スライ千鳥足で行きかけるが、茂みのかげに倒れこむ)
【おかみ】そうかい、わかったよ。そんならお役人を呼ぶまでさ。お上《かみ》のね。(と入る)
【スライ】上《かみ》だろうが、下《しも》だろうが、呼んでこい。法律どおりちゃんと申し開きしてやらあ。へえん、びくともするもんけえ。畜生、呼んできやがれ、さあ、お通ししな。(と眠りこみ高いびき)

〔角笛の音。領主とその一行が野原を横ぎってあらわれる。猟からの帰りみち〕
【領主】おい、おまえは犬の手当をしてやれ。メリマンは少し血を抜いてやれ。かわいそうに泡を吹いているぞ。クローダーはあの声のよい雌といっしょにしておけ。おまえ見ていたか? シルバーのやつ、あの生垣の隅で、みごと獲物をかぎあてた。もう駄目かと思っていたがな。いい犬だ、二十ポンドでも手放せん。
【猟師甲】殿さま、ベルマンもなかなかでございます。見当もつかぬにおいをうまく見つけて吠えたててくれました。それに、もうにおいも残っていないのを、今日は二度も見つけました。ベルマンのほうが上だと存じますが。
【領主】ばかを言え。エコーだって足さえ早ければ、ベルマンが何匹かかったところでかなうものか。とにかくうんと食わせていたわってやってくれ、明日もまた山かけるぞ。
【猟師甲】かしこまりました。
〔一同スライに気づく〕
【領主】おや、こいつ死んでいるのか? それとも酔いどれか? おい、息をしているか?
【猟師】勇ましく息をしております、殿さま。酒でほてっているんでしょうな。さもなければ、こんなつめたい寝床でぐうぐう眠れるものではございません。
【領主】ばち当りなやつだ! 豚のように眠りこけている。眠りは死に似ているが、こいつの姿はおそろしさよりきたならしさが先にたつ。――おい、この酔いどれをひとつからかってやろう。こいつを寝間に連れていくのだ。いい着物を着せて、指には指輪をはめて、枕もとにはご馳走を並べたてる。目がさめたら立派な家来どもにかしずかせよう。そうなるとこいつめ、きっとわけがわからなくなるぞ、どうだな?
【猟師甲】それはもう、かいもく見当がつかなくなりましょう。
【猟師乙】目がさめたら、さぞ不思議な心持ちになりますでしょう。
【領主】うれしい夢や、はかない空想からさめた時のようにな。――さあ、連れていけ。うまくやるのだぞ。一番いい部屋へ連れていけ。そっと起こさぬようにな。部屋のまわりには絵をかけてくれ、心もとろけるような絵を全部な。このきたない頭はあたたかい湯でぬぐって香油をぬりこめ。香木をたいて部屋じゅうを匂わせろ。それに音楽の用意も頼む。目がさめたら、美しい、妙なる調べをかなでるのだ、もしなにか言ったら、おそるおそる低い声で、こう言え。「御前さまにはなんのご用にわたらせられますか」とな。一人は薔薇水《そうびすい》に花びらを浮かべた銀の水盤をささげ持ち、一人は水さし、一人は手ぬぐい、そしてこう言う、「殿さまにはなにとぞみ手をおすすぎあそばしますよう」つぎはだれか豪奢な衣裳を用意して、お召物はどれになさいますか、とたずねる。するとまた一人は猟犬と馬の話をする。ついでに、奥方は御前の病気をたいそうお嘆きあそばされております、と言って、本人が今まで気がふれていたように思いこませるのだ。ちがうと言ったら、まだ夢をみていらっしゃるのでございますか、あなたさまは正真正銘ご立派なご領主さま、とこう言いくるめる。まあ、こんなふうにだ。いいか、うまくやってくれよ。けっこう面白いなぐさみになる、度をこさぬよう気をつければな。
【猟師甲】おまかせください、殿さま。うまく芝居をうってご覧にいれます。なるほどおれは殿さまだわいとこいつが思いこむよう、せいぜい腕をふるうつもりでございます。
【領主】ではそっと連れていけ。すぐ寝かしつけてしまうのだ。目がさめたら、めいめい自分の役を忘れまいぞ。(スライ運び出される。ラッパの音)
おい、あのラッパの音はなにか見てきてくれ。〔従者退場〕
きっとどこかの貴族だな。旅の途中、このあたりでひと休みしようというのにちがいない。
〔従者もどる〕
おい、どこのお方だ?
【従者】役者どもでございました。ご用をつとめたいと申しております。
【領主】ここへ呼べ。
〔役者の一行登場〕
やあ、おまえたちか、よく来たな。
【一同】ありがたく存じます。
【領主】今夜やしきに来てくれるか?
【役者甲】なにとぞご用をつとめさせていただきとう存じます。
【領主】それはよかった。――(従者に)この男には見おぼえがある。いつか百姓の惣領息子をやっていたな。――おまえが貴婦人をうまくくどきおとす場面だった。役の名は忘れてしまったが、たしかにあれはおまえにうってつけだ、いかにもそれらしかったぞ。
【役者甲】仰せの様子ではソートーの役のことではないかと存じます。
【領主】そうだ、そうだった。あれはうまかったぞ。――ところでおまえたち、ちょうどよいところに来てくれた。というのも、じつはちょっとしたなぐさみごとがあるのだが、それにおまえたちの手を借りたいのだ。さる殿さまに今夜おまえたちの芝居をお見せしようと思う。ただ心配なのはこの殿さま、まだ芝居というものを見たことがない。きっと妙なそぶりをすると思うが、それを見つけておまえたち、げらげら笑いだしたりしては困るのだ。そんなことで機嫌を損じてはならぬ。慎しみが大切なところだが、大丈夫かな。笑われればきっと立腹されることと思うが。
【役者甲】大丈夫でございます。たとえそのお方さまが、世界一のおどけたことをなさいましょうと、わたしどもは笑いだしたりいたしません。
【領主】さあ、役者たちを台所に案内しろ。ひとりひとり心からもてなすのだぞ。やしきにあるものなら、なんでも自由にとらせるがよい。〔従者、役者の一行を連れて退場〕
お前は小姓のバーソロミューのところへ行って、上から下まですっかり奥方らしく着つけしてやってくれ。終わったら寝室へ連れていけ、あの酔いどれを寝かした、な。「奥方さま」と呼んで、丁重につかえるのだぞ。わしからと言って立派にふるまうよう伝えてくれ。あいつも今まで夫にかしずく奥方たちのふるまいはかずかず見てきたはずだ。そのようにやればよいのだ。わしもそれだけの報いは忘れぬつもりだと言っておけ。相手は酔いどれだが、奥方が殿さまに言うようにな、やさしい声で、しとやかに、こう言わせるのだ、「殿さま、なんなりとお申しつけくださいませ、わらわは殿の奥、ふつつかながら妻にてござりまする。殿をいとしむわらわのまごころ、お見せいたしとうござりまする」。それからやさしく抱きしめる。甘い接吻をする。頭をあいつの胸におしつける。そこでよよと泣きだすのだ。かわいそうに、うれし涙だ。なにしろこの七年間というもの、殿はご自分をなさけない乞食、非人だと思いこんでいた。その病気も今やっと本復したのだからな。しかし思いのままに涙の雨を降らすのは女の芸だ。もし小姓にできぬとあればよい手を教えよう。たまねぎを使えばよい、たまねぎをハンケチにくるんで持っていけ。それで目をこすれば、いやでも涙が出るはずだ。いいな、さあいそいでとりはからえ。大いそぎだぞ。あとのことはいずれさしずしよう。(従者退場)
あの小姓なら、品といい、声といい、身ぶりもしぐさも大丈夫、奥方らしく化けてくれるだろう。あいつがあの酔いどれを、殿さまと呼ぶのが早く聞きたい。家来どもも笑いをこらえて、あのばかな百姓にへいつくばることだろう。早く見たいぞ。さあ、帰ってよく言いふくめておこう。わしが居ればまさか度のすぎたいたずらにはならぬだろう。うかれすぎるとどこまでつっ走るかわからんからな。(退場。猟師たちあとにつづく)

……序幕 第一場

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