「ジェイン・エア(上)

シャーロット・ブロンテ/大井浩二訳

ドットブック版 327KB/テキストファイル 281KB

500円

孤児として生まれたジェインは冷酷非情な伯母に育てられ、ついにはローウッドの慈善院へ追いやられる。施設は貧弱で衛生状態もわるく、生徒の扱いは非人間的であったが、ジェインは持ち前の意志の強さで試練と逆境を生き抜く。ヴィクトリア朝的雰囲気を濃厚にもちながら、なお一個の女性を描ききった小説として、今なお読みつがれている名作中の名作。

シャーロット・ブロンテ(1816〜55)牧師の家庭に生まれる。『嵐が丘』を書いたエミリー・ブロンテの姉。妹とともにブリュッセルの寄宿学校にはいり、のち、そこの教師となった。詩や小説の創作を続けるなか、1847年に発表した「ジェイン・エア」で一躍みとめられた。1854年に牧師と結婚したが、その数カ月後に亡くなった。

立ち読みフロア
 その日は、散歩などとてもできそうになかった。午前中に一時間、みんなで落葉した灌木の林をぶらついたことはたしかだが、昼食(ディナー)のあとは(来客のないときのリード夫人は、食事を早くすませるのだった)、冬のつめたい風が陰欝な雲や、身にしみとおる雨を吹きおくってきたため、屋外の運動をつづけるなど、まったくの論外となってしまった。
 わたしはほっとした。ながい散歩、それも底冷えのする午後のながい散歩は大の苦手だったし、冷えびえとしたたそがれ時に家路につくのは、いやでいやでたまらなかった。手足の指はかじかむし、保母のベシーにはがみがみいわれて胸のなかは切なくなるし、リード家のイライザやジョンやジョージアナには体力的に劣ることを思い知らされて、みじめな気持ちになるばかりであったからだ。
 そのイライザとジョンとジョージアナは、いま客間で、母親(ママ)にまつわりついている。夫人は炉ばたのソファにゆったりとよりかかり、三人の愛児にかこまれて(このときばかりは、喧嘩もしなければ泣き声も聞こえてこない)、この上なく幸福そうな表情である。だが、このわたしは夫人に爪はじきされ、仲間にいれてもらえない。わたしをじゃま者あつかいしなければならないのは残念だが、わたしがもっと打ちとけた、子どもらしい性質と、もっとかわいらしくて、はきはきした態度――いってみれば、もっと明るくて、素直で、自然なものを身につけようと一生懸命になっていることを、ベシーの口から聞かされるなり、夫人自身の目でたしかめるなりするまでは、不平不満のない、幸福な子どもにだけさずけられている特権のおこぼれにあずからせてやるわけにはゆかない、と夫人はいうのだった。
「あたしのことを、ベシーがなんて告げ口したんです?」とわたしはきき返した。
「ジェイン、あたしゃね、理窟をこねたり、文句をいったりする人間はきらいだよ。それに、おまえみたいに目上の者にからんだりする子どもなんて、ほんとにいけすかないからね。どこかへ行って、おとなしく坐っといで。ちゃんとした口がきけるようになるまで、ものをいうんじゃないよ」
 客間のとなりに朝食用の小部屋があったが、わたしは、そこへこっそりもぐりこんだ。そこには本棚があった。やがてわたしは、挿し絵のいっぱいはいっている本を一冊選んで、引っぱり出した。それから、窓の下の腰掛けによじのぼると、両足を身近かに引きよせ、回教徒みたいに足を組んで坐った。赤い厚手の毛織りのカーテンをからだがかくれるあたりまで引っぱると、周囲からは二重に隔離された格好になった。
 真紅のカーテンのひだで、右手の視野は完全にさえぎられていたが、左手はぴかぴかの窓ガラスなので、わたしは荒涼たる十一月の外気から守られると同時に、それに接することもできた。ときおり、本の頁をくりながら、わたしは午後の冬景色をじっと見つめた。遠くには、一面にぼんやりとかすむ霧と雲。近くには、ぬれた芝生と暴風雨に打たれた灌木の眺め。やみなしにふる雨が、吹きつづける悲しげな突風にはげしく追いたてられている。
 わたしは本に目をうつした――トマス・ビュイック(一七五三―一八二八。イギリスの木版彫刻家)の『イギリス鳥類史』(一七九七年刊)だった。全体的にいって、この本の活字の部分には、あまり興味はなかったが、序文のなん頁かは、おさな心にもまったくの白紙あつかいはできない思いがしていた。それは、海鳥の棲息地、つまり海鳥だけが棲息している「わびしい岩場や」、大小の島々が点在するノルウェー海岸を、最南端のリンデネス岬、別名ネイズ岬からノース岬(ノルウェーの最北端)にかけてあつかっている部分であった――

 その地方では、北海が大渦となって
 極北の地の、陰欝な裸の島々のまわりに
 わきかえる。大西洋の大波は
 風荒きヘブリディズ島になだれこむ。

 それに、ラップランド、シベリア、スピッツベルゲン、ノヴァ・ゼンブラ(ともに北氷洋上の島)、アイスランド、グリーンランドなどの荒涼とした陸地を描写する一文、「北極地帯の広大な土地、陰欝な空間のひろがる人跡未踏の地域――数百年にわたる冬期の堆積ともいうべき凍結した氷原が、アルプスの二倍、三倍の高さになって極点をとりかこみ、極寒の数知れない困難が集中している、雪と氷の貯蔵庫」なども素通りにはできなかった。このような死の色をした銀世界について、わたしはわたしなりのイメージを抱いていた。それは、一般に子どもの頭のなかにおぼろに浮かぶ中途半端な概念と同じで、まことにあいまいなイメージであったが、奇妙に印象に残っている。こうした序文の文章は、あとにつづく挿し絵と関連があり、しぶきをあげる大海原にぽつねんとつき出した岩、さびれた海岸に打ちあげられた廃船、沈没寸前の難破船を雲間から照らしている青白く凍てついた月の絵などを意味ぶかいものとしていた。

……一章冒頭より


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