「ジーキル博士とハイド氏」(付 水車小屋のウィル)

スティーヴンスン作/日高八郎訳

エキスパンドブック 737KB/ドットブック版 166KB/テキストファイル 135KB

500円

自分の発明した薬品によって「善良な市民」ジーキルから「悪の権化」ハイドに変身して夜にまぎれて悪逆非道ぶりを発揮し、帰宅後ふたたび薬品によって元に復帰する。人の心の二面性を象徴的に描出した怪奇SFの古典。エキスパンドブックに収めたE・A・ウィルソンのジーキルとハイドを2色に描き分けた版画15点はとくにおすすめ。他に二つの短編「水車小屋のウイル」「一夜の宿」を収めた。
立ち読みフロア
 弁護士のアタソン氏は微笑すら浮かべたことのない顔の厳《いか》つい人だった。話をするにも冷ややかで、口数は少なく、そのうえ口下手、無表情ときていた。ひょろひょろのっぽで、そっけなく陰気ですらあったが、どことなく愛すべきところのある人だった。親しい者同士が集まり、手にする葡萄酒《ぶどうしゅ》が口に合うときなどは、何かすばらしく人情味のある光が彼の眼に浮かんだ。それは言葉となって彼の口から出ることはなかったが、晩餐《ばんさん》後くつろいだときに、心の鏡ともいうべき眼に現われるばかりでなく、日常の生活行動の中に現われた。
 彼は自分に対してきびしかった。たとえば葡萄酒が大変好きだったが、客でもないかぎり、ジンでがまんしていた。芝居好きでありながら、二十年も劇場の木戸をくぐったことがなかった。
 他人にはすこぶる寛大で、ときには不行跡をしでかす人の盛んな血気に目をみはり、それをうらやみさえしたり、人が窮地に陥っているときは、咎《とが》めるどころか、肩をもち助けてやった。「ぼくはカインの異端〔旧約聖書創世紀に出るアダムとイブの長男。自分の供物が神に拒まれ、嫉妬のあまり弟アベルを殺し、神から追放の呪いを受けた〕にあやかりたいね。ぼくの兄弟にも本人の好きなように地獄におちたければおちるようにさせるがね」彼はよくこんなことを口にした。こういう性格だったから、彼は堕落してゆく人びとにどこまでもつきあってやり、いつまでも感化を与えたものだった。こういう人たちが彼の法学院内の事務所をたずねてくるかぎり、彼はふだんと少しも変わらない態度で迎えた。
 こういう芸当を彼はなんなく《ヽヽヽヽ》やりとげていた。どうみても彼は自分を誇示する質《たち》ではなかったが、善良で寛大な人だったので人づきあいが良かった。慎《つつ》ましいタイプの人は、ふとした動機で得られた交際をそのまま快く受け入れているものだが、このアタソン氏の場合がそうであった。彼の友人といえば、血縁の者か、ごく古くからの知り合いに限られていた。彼の愛情は、つた《ヽヽ》のように、年月とともに成長したもので、相手がそれにふさわしいかどうかは問題外だった。彼の遠縁で、粋人《すいじん》で通っているリチャード・エンフィールド氏との結びつきもそうだった。この二人はどうして気が合うのか、どういうことに共鳴し合っているのか、多くの人びとにとっては皆目《かいもく》わからない謎《なぞ》であった。日曜日に二人が連れだって散歩しているのに出会った人たちの話によると、二人は口もきかず、不思議なほど沈んでみえ、だれか友だちにでも会うと、いかにもほっとしたように声をかけるというのである。それでいて彼らはこの散歩を毎週の至宝のように考え、他の楽しみをさしおき、時には用務さえことわって二人で散歩に出かけたものだった。
 こうした散歩の途中、二人はたまたま、ロンドンの繁華街の横町へはいっていった。それは狭くおちついた感じの通りであったが、週日には繁昌していた。そこの商人たちは景気がよく、繁昌を競い合って、余分なもうけは店のおめかしに費《つい》やしているようすだった。往来に立ち並ぶ店頭は、満面に微笑《えみ》をたたえた女売子がずらりと並んで客を招き入れるようなふうをしていた。日曜には、ふだんより華《はな》やかさは失せ、割合に人通りは少なかったが、それでもうす汚ない隣の街並みに比べると、この通りだけはまるで森のなかの火事のように照り映えていた。真新しく塗られた鎧戸《よろいど》、念入りに磨き立てられた真鍮《しんちゅう》の標札、どこもかしこも小ぎれいで、華やかなうきうきするような雰囲気は、すぐに通行人の目をひいて楽しませるのであった。
 東に向かう左手の角から二軒目の所に、路地《ろじ》への入り口があって、ちょうどそこに気味の悪い建物が、その破風《はふ》を通りに突き出していた。それは二階建ての家で、一階の一つの戸口を除いて、窓は一つもなく、二階は色の褪《さ》めた盲壁《めくらかべ》で、どこをみても長い間手も入れずに汚れ放題にされているのがわかった。呼び鈴も叩《たた》き金もない扉はペンキが剥《はが》れ、変色していた。浮浪者たちは戸口の窪《くぼ》みへはいり込んで羽目板でマッチを擦《す》ったり、子どもたちは上り段でお店ごっこをしたり、小学生は繰形《くりがた》でナイフの切れ味を試したりしていたが、三十年近くも、こういう気まぐれな来訪者を追い払ったり、荒らされた跡を修繕《しゅうぜん》したりする者は現われなかった。
 エンフィールド氏と弁護士は通りの反対側にいたが、その袋小路の入り口まで来ると、エンフィールド氏は杖を上げて向こうをさした。
「あの戸口に気づいたことがありますか?」
 と彼はたずねた。相手がうなずくと、
「あれを見ると、わたしはとても妙な事件を思い出すんですよ」
 とつけ加えた。
「そうかい! どんな事件かね?」
 アタソン氏はいつもと少しちがった声色できいた。
「それはこれからお話しましょう」
 とエンフィールド氏は答えた。
「ある冬の夜明けがた三時ころ、わたしは遠方から帰宅途中でしたが、街並みには街灯のほかには文字どおり何ひとつ見えず、皆しんと寝静まっていました。聖歌行列でも迎えるようにあかあかと照らされているのに、まるで教会の中のようにがらんとしていました。わたしは歩いているうちに、終《しま》いにはじっと耳を澄まして、警官の姿でも見えないものかと思い始めました。すると突然、わたしは二つの人影を見たのです。一人は小男で東のほうへ足早にすたすたと歩いてゆき、もう一人は八、九歳の女の子で、十字路を懸命に駆《か》けて行くところでした。ところが二人は曲がり角でぶつかったのです。続いて実に恐ろしいことになりました。というのはその男は平然と、倒れた少女を踏みつけて、泣き叫んでいるまま置き去りにしてしまったのです。こういっただけではなんでもないようですが、まったくわたしの目には地獄も同然に見えました。その男は人間じゃなくて、何かいまいましい夜叉《やしゃ》かなんかにちがいありません。わたしはおい《ヽヽ》と叫んで、飛んで行き、その男の胸倉《むなぐら》をつかんでもとの所へ連れて来ましたが、そのときはすでに幾人もの人びとが泣き叫ぶ子どものまわりに集まっていました。彼はまったく冷静で、手向かいもせずただわたしを一瞥《いちべつ》しただけでしたが、その目つきに私はぞっとし、冷汗がでました……」

……「ジーキル博士とハイド氏」冒頭


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