「バッハの想い出」

アンナ・マグダレーナ・バッハ?作/服部龍太郎訳

エキスパンドブック 903KB/ドットブック 598KB/テキストファイル 128KB

500円

 バッハの二度目の夫人が、バッハの思い出を書いているものがあって、先日、それを服部龍太郎氏の訳で読み、非常に心を動かされたのである。これは比類のない名著である。出典につき、疑わしい点があるという説もあるそうだが、そんなことはどうでもいいように思われる。僕にはそう考えるより他はなかった。バッハの子供を十三人も生んでみなければ、決してわからぬあるもの、そういうものが、この本にあるのが、僕にははっきり感じられたからである。読後、バッハの音楽を聞きたい心がしきりに動き、久しく放っておいたレコードの埃(ほこり)を払ったのだが、プレヤーから聞こえてくる音は、すでにこの本のなかで鳴っていたような気持ちがした。僕の心の迷いではない。これはまさしくそういう本なのだ。バッハの音楽の不思議な魅力が、こんなに鮮やかに言葉に移されることはほとんど奇蹟だと言っては過言であろうか。いずれにせよバッハの音楽に限らない、およそ音楽に関する文学的表現に通有な退屈さから、この本が見事にのがれていることが僕を驚かし、その無類の名著なるゆえんを突然悟ったように思ったのである。(小林秀雄)
エキスパンドブック版には多くの自筆譜を収めてある。
立ち読みフロア
  一時は、バッハ一族の全員が音楽家でした。その人たちはみなオルガニストとして、チューリンゲン地方に点々として住んでいました。伯父はゲーレンのオルガニストで、そのいちばん末の娘がセバスティアンの最初の妻になりました。その伯父は作曲もし、クラヴィーアやヴァイオリンも作りました。もしも余暇があったなら、セバスティアンもまた自分で、楽器を自分の思うとおりに作ったにちがいないと思います。彼は楽器製造上のいろいろな発達に非常な興味をもっていましたし、自身も非常に器用でした。彼はスピネットに自分で絃を張って、それから調子を整えるのに十五分とはかかりませんでした。
 人々の知っている範囲では、バッハ家の人たちは、すくなくとも一年に一度は全員いっしょに集まって大音楽会をもよおしたと、セバスティアンがときどき話しました。彼らはふつう、初めに賛美歌をうたってから、なにか有名な旋律をいっしょに歌い、そして即興的に混声の四部合唱をすることをたいへん楽しみにしていました。これはたんに音楽的冗談にすぎませんでしたが、バッハ家一族の人たちは、この集会を愉快に楽しみました。
 セバスティアンも愉快な気分のときには、息子たちといっしょに、夜分に暖炉のかたわらでそういう混声曲を歌いました。ある時のこと、セバスティアンのだか、フリーデマン(バッハの長男)のだか、エマヌエル(バッハの五男)だかの下着のめんどうなほころびを直さねばならないので、私はいっしょに歌えませんでした。すると彼は「お母さん、あなたの喉(のど)も聞かせて下さいよ」と、私に何か一曲歌うようにいいました。そういう時には、彼は私の声を聞かずにはおられませんでした。後年、カイザーリンク伯爵のために書いた「ゴールトベルク変奏曲」からも推定できるように、彼は混声曲に対して一族特有の嗜好(しこう)を示しました。その最後の変奏曲は、二つの民謡を合わせて作った混声曲で、その民謡の一つは少女を、他は青菜と蕪菁(かぶ)を題目にしたもので、低音による模倣をして、それが苦心して取り入れられてありました。そしてセバスティアンは両方の主題によって作曲しました。
……
「第二章 若い日の準備」より

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