「カフカ自撰小品集」

フランツ・カフカ/吉田仙太郎訳

ドットブック版 182KB/テキストファイル 113KB

500円

とりあえずカフカを〈邪心〉なしにそのままに読んでみよう。〈人死に〉が出なければ火事がニュースにならない時代、笑いが〈爆笑〉に局限されようとする時代、飲み会が必ず〈盛りあがら〉ねばならないという確信の時代に、この笑いは、このほくそ笑みは超貴重なはずである(訳者)…『観察』『田舎医者』『断食芸人』という、カフカの自撰3作品集を一つにまとめた初めての本。

フランツ・カフカ(1883〜1924) ドイツ語で作品を発表したチェコ生まれの作家。中産階級のユダヤ人家庭の生まれ。プラハ大学で法律を学び、労働災害保険局に勤務し、余暇をみつけて執筆した。生来の不安症や憂鬱症にくわえて、結核を患い、41歳で亡くなった。カフカは、自分の死後、未刊の原稿をすべて焼却してくれるように願ったが、友人で、のちに彼の伝記も書いたユダヤ系ドイツ人作家マックス・ブロートによって、今日のカフカの名声を不動のものにした多くの作品が出版された。代表作「審判」「城」「アメリカ」の3大長編作品は、すべて、こうして公になった。

立ち読みフロア
突然の散歩

 たとえば、晩方になってから、結局は外出すまいと決めてしまったような気がして、部屋着を身につけ、夕食後、スタンドの灯りをつけた机のまえに坐り、あの仕事をしようとか、あの遊びをしようとか――それが終われば、いつものように床につくのだが――そう思ったとしよう。また戸外は、外出しないのが当然なくらいに嫌な天気だとしよう。また、もうすでに長時間じっと机にかじりついていたので、いまさら出かけては家族みんなを驚かすにきまっているとしよう。また、もうすでに階段の灯りは消えているし、アパートメントの門の扉も閉まっているとしよう。ところが、こうしたすべてにもかかわらず、突然居心地が悪くなって立ち上がる、そこで服を着かえ、すぐさま外出着の姿で家族のまえに現われると、出かけねばならないと宣言し、それじゃ、とか言ってほんとうに外出してしまう。そして玄関のドアを閉める速度に応じて、多かれ少なかれ腹立ちの種を残してきたなと思うとしよう。気がついてみると、路上の人となっている。手足は、まるで思いもかけぬ自由をあてがわれて、格別の敏速さでもって応えているのである。また、このひとつの決断によって、あらゆる決断力が自分の内部に結集するのを感じているとしよう。また、急激きわまりない変化を造作なく作り出し、かつそれに耐えるという欲求以上に、実際にそれだけの力を持っているのだ、そんなふうに、ふだんよりももっと力点をこめて認識するのだとしよう。そしてこんな具合に、長い街路から街路へと歩きつづけるのだとしよう、――そんなときわれわれは、今晩に限って、家族の列からすっかり踏み出してしまっている。家族は、実態のないものに変貌する。一方こちらはこちらで、確乎として、輪郭も黒々と、後ろ手に太腿を叩きながら、自分をその真実の姿にまで高めるのである。
 もしこの、夜も更けようとする時刻に、安否をたずねて友人を訪問するとすれば、すべてはさらに確たるものとなる。

……一小品より


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