「髪結新三」

河竹黙阿弥作/河竹登志夫校訂

エキスパンドブック 397KB/ドットブック 205KB/テキストファイル 86KB

300円

ならずもの入墨新三(しんざ)の婦女誘拐。初鰹(はつがつお)をモチーフとした江戸下町の季節感と、いきいきした生活描写。永代橋雨中の大立まわり、小悪党新三の閻魔(えんま)堂橋のさいご――深川を舞台に、隅田川を軸として展開する生世話の名作。明治六年、すでに五十八歳の江戸作者黙阿弥が、開化の波を感じながら自分のぺースで書いた、円熟の境地をしめす作品。
立ち読みフロア
【源七】 新三、待て。
【新三】 〔この声を聞き〕そういう声は、
【源七】 おゝ、弥太五郎源七だ。
【新三】 なに、源七だ。
〔ト新三ぎっくり思入れ。時の鐘凄き合方(あいかた)になり〕
【源七】 今夜 手 前(てめえ) がこの先の、池月という伯楽(ばくろう)の賭場に遊んでいると聞いたゆえ、家(うち)へ帰(けえ)るをさっきから橋の袂で待っていた。
【新三】 おれが帰りを待っていたとは、お前(めえ)もこの頃都合が悪く、燻(くすぶ)っていると聞いたが、銭(ぜに)でもくれろと言いなさるのかえ。
【源七】 なんぼ焼(やき)が廻ったとて、手前達の袖に縋(すが)り、無心合力(むしんごうりょく)いうような、まだ耄碌(もうろく)はしねえつもりだ。
【新三】 そんなら何でこの新三が、賭場からの帰りをこの河岸(かし)で、
【源七】 待っていたのは手前(てめえ)から、ほかに貰(もら)いてえものがある。
【新三】 なに、ほかに貰いてえものがあるとは、
【源七】 手前(てめえ)の命が貰いてえのだ。
【新三】 どうしたと。〔ト合方きっぱりとなり〕
【源七】 まだ駈出(かけだ)しの遊び人、盆(ぼん)の見えねえ手前(てめえ)だから、こうばっかりじゃあ読めなかろうが、いつぞやおれが白子屋から拠(よんどこ)ろなく頼まれて娘を貰いに行った時、扱い金を顔へ打ちつけ、恥をかゝせた意趣返し、その時いっそ一思(ひとおも)いと二三度家(うち)は出かけたが、いゝ年(とし)をして大人気(おとなげ)なく、小憎(こぞ)ッ子(こ)あがりの手前(てめえ)を相手に組んで落ちるも智恵がなく、売った喧嘩を買わねえのも此方(こっち)の盆(ぼん)が高いゆえ、今日まで我慢をしていたが、臭(くせ)えもの身知らずと取り合わねえのをいゝかと思って、世間へ出ちゃあおれが事を意気地(いくじ)がねえの腰抜けのと、言い触らして歩くとやら、人の噂を聞く度(たび)に癪(しゃく)に障(さわ)って今日此処(こゝ)で、焼(やき)の廻った源七の刃鉄(はがね)が切れるか切れねえか、命(いのち)を賭(か)けての遣取(やりと)りだ、受けられるなら受けて見ろ。
〔トキッと思入れ。新三もこなしあって〕
【新三】 その仕返(しけえ)しは今日来るか、明日(あした)来るかとあの時から毎日待っていたところ、幾日(いつか)たっても来ねえから尻腰(しっこし)のねえ親父だと手前(てめえ)の子分に逢う度毎(たびごと)、言伝同様(ことづてどうよう)悪く言った、聾近(つんぼぢけ)えその耳へようやくそれが聞こえたか、雨の降るのに深川までぼくぼく足を運んで来たは、耄(ぼけ)たようでもさすがは源七、命を捨てによく出て来た。
【源七】 なんと。
【新三】 ちょうど所(ところ)も寺町(てらまち)に、娑婆(しゃば)と冥土(めいど)の別(わか)れ道(みち)、その身(み)の罪(つみ)も深川(ふかがわ)に橋の名さえも閻魔堂(えんま)、鬼といわれた源七が爰(こゝ)で命を捨てるのも、餓鬼(がき)より弱(よわ)い生業(しょうべえ)の地獄のかすりを取った報いだ、手前(てめえ)もおれも遊び人、一ツ釜(かま)とはいいながら黒闇地獄(こくあんじごく)のくらやみでも亡者(もうじゃ)の中(なか)の二番役、業(ごう)の秤(はかり)にかけたらば貫目(かんめ)の違う入墨新三、こんな出合(であい)もその内(うち)にてっきり(ヽヽヽヽ)あろうと浄玻璃(じょうはり)の、鏡にかけて懐(ふところ)に隠しておいた此(こ)の匕首(あいくち)、刃物があれば鬼に金棒、どれ血塗(ちまみ)れ仕事にかゝろうか。
【源七】 いかにところが寺町とて、まだ裏盆(うらぼん)も来ねえのに、聞きたくもねえ地獄の言立(いいた)て、無常(むじょう)を告げる八幡(はちまん)の死出(しで)の山鐘(やまがね)三途(ず)の川端(かわばた)、あたりに見る目嗅(か)ぐ鼻の人の来ぬ間にちっとも早く、冥土(めいど)の魁(さきがけ)さしてやろう。
【新三】 えゝ耄碌親父(もうろくおやじ)め、覚悟しろ。

……「深川閻魔堂橋(えんまどうばし)の場」より

購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***