「こども風土記」

柳田国男著

ドットブック版 187KB/テキストファイル 51KB

300円

なくなってすでに久しい子供たちの「遊び」の淵源を幅広くたずねて、見すごされがちな小さい世界に大切な文化の歴史を探る好著。なにげない日常の諸相の中に多くの問題意識と解明の手段とをさぐりだす柳田民俗学の方法を知るための平易な入門書。「鹿・鹿・角・何本」「あてもの遊び」「かごめ・かごめ」「中の中の小仏」「地蔵遊び」「鉤(かぎ)占いの話」「ベロベロの神」など40編からなる。 

柳田国男(やなぎたくにお)(1875〜1962)現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれ。日本における民俗学の開拓者。東京帝大卒業後、農商務省にはいり、仕事の関係で各地を旅行、同時に早稲田大学で農政学を講義する。山地の民俗に興味をいだき『遠野物語』を著わすが、以降は幅広く各地の民俗を研究・調査、「方言」「昔話」「伝説」「童謡」などをテーマにした多くの著作を著わした。  

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鹿・鹿・角・何本

 一昨年の九月、アメリカ・ミズリー大学のブリウスタアという未知の人からおもしろい手紙の問合せを受けた。もしか日本にはこういうこどもの遊戯はありませんかという尋ねである。一人の子が目隠しをして立っていると、その後にいる別の子が、ある簡単な文句で拍子(ひょうし)をとって背なかをたたき、その手で何本かの指を出して、その数を目隠しの子に当てさせる。英語では問いの文句が、

 How many horns has the buck? (いかに・多くの・角を・牡鹿が・持つか)

 ドイツのも全くこれと同じだが、国語の違いで一言少なく、イタリアでは四言葉、スウェーデンやトルコなどは二言葉で、やはり意味は鹿の角の数をきくことになっている。目隠しをする代りに壁にもたれ、また四つんばいになって、その背にまたがって、指を立てて問う例もある。もう長い間かかって調べているとみえて、これ以外にスコットランド、アイルランド、アメリカ合衆国、フランス、ベルギー、オランダ、ギリシア、セルビア、ヘルツェゴビナ、エストニア、スペイン、ポルトガルにも同じ遊びのあることを確かめたといっている。日本にももしかそれがあったら、おもしろいと思うがどうか、という質問である。
 古い文献では、ぺトロニュウスの諷刺詩(ふうしし)の一つにも出ているという話である。あったらなるほどおもしろいが、どうもまだきいたことがないようだ、と皆がいうので、いちおうそういう返事をしておいて、なお念のために「民間伝承」の会報にこの手紙を訳して載せておくと、ほどなく二か所からあるという報知がやってきた。ありませんなどという答えはめったにできるものでないということをしみじみとわれわれは経験したのである。
 滋賀県の今津(いまづ)近くの村では、少なくとも二十年ほど前まで、この遊びをしたということを、長浜女学校の三田村君がまず知らせてくれた。じゃんけんに負けた一人の子は、窓のへりなどにつかまって身を曲げていると、勝った方の子がそれに馬乗りになって、指を出して、その数を下の子にいい当てさせ、それが当るまではこの問答をくりかえし、当れば今度は上の子が答える番にまわるのだそうである。馬乗りになるだけで、もう背なかは打たなかったらしいが、やはりその文句は、

 鹿・鹿・角・何本

 と、くぎって唱えていたという。

……冒頭より


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