「金色夜叉」

尾崎紅葉作

ドットブック版 459KB/テキストファイル 365KB

600円

鴫沢宮(しぎさわみや)はカルタ会で銀行家の息子富山に見染められ、その求婚になびく。宮のいいなづけ間貫一(はざまかんいち)は、熱海の海岸でそれを知る。
「吁(ああ)、宮(みい)さんこうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言うのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか! 再来年(さらいねん)の今月今夜……十年後(のち)の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ」
(中略)
「それじゃ断然(いよいよ)お前は嫁(い)く気だね! これまでに僕が言っても聴いてくれんのだね。ちええ、腸(はらわた)の腐った女! 姦婦(かんぷ)!」
 その声とともに貫一は脚(あし)を挙げて宮の弱腰をはたと※(け)(「足へん」に「易」)たり。地響して横様(よこさま)に転(まろ)びしが、なかなか声をも立てず苦痛を忍びて、彼(か)はそのまま砂の上に泣き伏したり。貫一は猛獣などを撃ちたるように、彼(か)の身動も得為(えせ)ず弱々(よわよわ)と僵(たお)れたるを、なお憎さげに見遣(みや)りつつ、
「宮、おのれ、おのれ姦婦、やい! 貴様のな、心変をしたばかりに間貫一の男一匹(いっぴき)はな、失望の極発狂して、大事の一生を誤って了(しま)うのだ。学問も何ももう廃(やめ)だ。この恨の為に貫一は生きながら悪魔になって、貴様のような畜生の肉を啖(くら)って遣る覚悟だ……」
貫一は高利貸しの手代となって復讐を誓う。明治文学を代表する一大ロマン。

尾崎紅葉(おざきこうよう 1868〜1903)明治元年生まれ。帝国大学国文科中退。明治18年、山田美妙らと硯友社を設立し雑誌「我楽多文庫」を発刊。『二人比丘尼色懺悔』で認められ、幸田露伴とともに「紅露時代」と呼ばれるた明治文壇の一時期を築いた。前後五年の歳月をかけた『金色夜叉』は最後の作品である。

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 第一章

 まだ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠(さしこ)めて、真直(ますぐ)に長く東より西に横(よこた)われる大道(だいどう)は掃きたるように物の影を留(とど)めず、いと寂(さびし)くも往来(ゆきき)の絶えたるに、例ならず繁(しげ)き車輪(くるま)の輾(きしり)は、あるは忙(せわし)かりし、あるは飲過ぎし年賀の帰来(かえり)なるべく、疎(まばら)に寄する獅子太鼓(ししだいこ)の遠響(とおひびき)は、はや今日に尽きぬる三箇日(さんがにち)を惜むが如く、その哀切(あわれさ)に小さき腸(はらわた)は断(たた)れぬべし。
 元日快晴、二日快晴、三日快晴と誌(しる)されたる日記を涜(けが)して、この黄昏(たそがれ)より凩(こがらし)は戦出(そよぎい)でぬ。今は「風吹くな、なあ吹くな」と優き声の宥(なだ)むる者無きより、憤(いかり)をも増したるように飾竹(かざりだけ)を吹靡(ふきなび)けつつ、乾(から)びたる葉を粗(はした)なげに鳴して、吼(ほ)えては走行(はしりゆ)き、狂いては引返し、揉(も)みに揉んで独(ひと)り散々に騒げり。微曇(ほのぐも)りし空はこれが為に眠(ねむり)を覚(さま)されたる気色(けしき)にて、銀梨子地(ぎんなしじ)の如く無数の星を顕(あらわ)して、鋭く沍(さ)えたる光は寒気(かんき)を発(はな)つかと想(おも)わしむるまでに、その薄明(うすあかり)に曝(さら)さるる夜の街(ちまた)は殆(ほとん)ど氷らんとすなり。
 人この裏(うち)に立ちて寥々冥々(りょうりょうめいめい)たる四望の間に、争(いかで)か那(な)の世間あり、社会あり、都あり、町あることを想い得べき、九重(きゅうちょう)の天、八際(はっさい)の地、始めて混沌(こんとん)の境(さかい)を出(い)でたりといえども、万物未(いま)だ尽(ことごと)く化生(かせい)せず、風は試(こころみ)に吹き、星は新に輝ける一大荒原の、何等の旨意も、秩序も、趣味も無くて、唯濫(ただみだり)に※(ひろ)く(※は「しんにょう」に「貌」)横(よこた)われるに過ぎざるかな。日の中(うち)は宛然(さながら)沸くが如く楽しみ、謳(うた)い、酔(え)い、戯(たわむ)れ、歓(よろこ)び、笑い、語り、興ぜし人々よ、彼等は儚(はかな)くも夏果てし孑孑(ぼうふり)の形を歛(おさ)めて、今将(いまはた)何処(いづく)に如何(いか)にして在るかを疑わざらんとするも難(かた)からずや。多時(しばらく)静かなりし後(のち)、遙(はるか)に拍子木の音は聞えぬ。その響の消ゆる頃忽(たちま)ち一点の燈火(ともしび)は見え初(そ)めしが、揺々(ゆらゆら)と町の尽頭(はずれ)を横截(よこぎ)りて失(う)せぬ。再び寒き風は寂(さびし)き星月夜を擅(ほしいまま)に吹くのみなりけり。唯有(とあ)る小路の湯屋は仕舞を急ぎて、廂間(ひあわい)の下水口より噴出(ふきい)づる湯気は一団の白き雲を舞立てて、心地悪き微温(ぬくもり)の四方に溢(あふ)るるとともに、垢臭(あかくさ)き悪気の盛(さかん)に迸(ほとばし)るに遭(あ)える綱引の車あり。勢いで角(かど)より曲り来にければ、避くべき遑無(いとまな)くてその中を駈抜(かけぬ)けたり。
「うむ、臭い」
 車の上に声して行過ぎし跡には、葉巻の吸殻の捨てたるが赤く見えて煙れり。
「もう湯は抜けるのかな」
「へい、松の内は早仕舞でございます」
 車夫のかく答えし後は語(ことば)絶えて、車は驀直(ましぐら)に走れり、紳士は二重外套(にじゅうがいとう)の袖(そで)を犇(ひし)と掻合(かきあわ)せて、獺(かわうそ)の衿皮(えりかわ)の内に耳より深く面(おもて)を埋(うず)めたり。灰色の毛皮の敷物の端(はし)を車の後に垂れて、横縞(よこじま)の華麗(はなやか)なる浮波織(ふはおり)の蔽膝(ひざかけ)して、提灯(ちょうちん)の徽章(しるし)はTの花文字を二個(ふたつ)組合せたるなり。行き行きて車はこの小路の尽頭(はずれ)を北に折れ、稍(やや)広き街(とおり)に出(い)でしを、僅(わずか)に走りてまた西に入(い)り、その南側の半程(なかほど)に箕輪(みのわ)と記(しる)したる軒燈(のきラムプ)を掲げて、※竹(そぎだけ)(※は「炎」に「りっとう」)を飾れる門構(もんがまえ)の内に挽入(ひきい)れたり。玄関の障子に燈影(ひかげ)の映(さ)しながら、格子(こうし)は鎖固(さしかた)めたるを、車夫は打叩(うちたた)きて、
「頼む、頼む」
 奥の方(かた)なる響動(どよみ)の劇(はげし)きに紛れて、取合わんともせざりければ、二人の車夫は声を合せて訪(おとな)いつつ、格子戸を連打(つづけうち)にすれば、やがて急足(いそぎあし)の音立てて人は出(い)で来(き)ぬ。
 円髷(まるわげ)に結ひたる四十ばかりの小(ちいさ)く痩(や)せて色白き女の、茶微塵(ちゃみじん)の糸織の小袖(こそで)に黒の奉書紬(ほうしょつむぎ)の紋付の羽織着たるは、この家の内儀(ないぎ)なるべし。彼の忙(せは)しげに格子を啓(あく)るを待ちて、紳士は優然と内に入(い)らんとせしが、土間の一面に充満(みちみち)たる履物(はきもの)の杖(つえ)を立つべき地さえあらざるに遅(ためら)えるを、彼は虚(すか)さず勤篤(まめやか)に下立(おりた)ちて、この敬ふべき賓(まろうど)の為に辛(から)くも一条の道を開けり。かくて紳士の脱捨てし駒下駄(こまげた)のみは独(ひと)り障子の内に取入れられたり。

 (一)の二

 箕輪(みのわ)の奥は十畳の客間と八畳の中の間(ま)とを打ち抜きて、広間の十個処(じっかしょ)に真鍮(しんちゅう)の燭台(しょくだい)を据え、五十目掛(めかけ)の蝋燭(ろうそく)は沖の漁火(いさりび)の如く燃えたるに、間毎(まごと)の天井に白銅鍍(ニッケルめつき)の空気ラムプを点(とも)したれば、四辺(あたり)は真昼より明(あきらか)に、人顔も眩(まばゆ)きまでに耀(かがや)き遍(わた)れり。三十人に余んぬる若き男女(なんにょ)は二分(ふたわかれ)に輪作りて、今を盛(さかり)と歌留多遊(かるたあそび)を為(す)るなりけり。蝋燭の焔(ほのお)と炭火の熱と多人数(たにんず)の熱蒸(いきれ)と混じたる一種の温気(うんき)は殆(ほとん)ど凝りて動かざる一間の内を、莨(たばこ)の煙と燈火(ともしび)の油煙とは更(たがい)に縺(もつ)れて渦巻きつつ立迷えり。込み合える人々の面(おもて)は皆赤うなりて、白粉(おしろい)の薄剥(うすは)げたるあり、髪の解(ほつ)れたるあり、衣(きぬ)の乱次(しどな)く着頽(きくづ)れたるあり。女は粧(よそお)い飾りたれば、取乱したるがことに著るく見ゆるなり。男はシャツの腋(わき)の裂けたるも知らで胴衣(ちょっき)ばかりになれるあり、羽織を脱ぎて帯の解けたる尻を突出すもあり、十の指をば四(よつ)まで紙にて結(ゆ)いたるもあり。さしも息苦き温気(うんき)も、咽(むせ)ばさるる煙(けぶり)の渦も、皆狂して知らざる如く、寧(むし)ろ喜びて罵(ののし)り喚(わめ)く声、笑頽(わらいくず)るる声、捩合(ねじあ)い、踏破(ふみしだ)く犇(ひしめ)き、一斉に揚ぐる響動(どよみ)など、絶間無き騒動の中(うち)に狼藉(ろうぜき)として戯(たわむ)れ遊ぶ為体(ていたらく)は三綱五常(さんこうごじょう)も糸瓜(へちま)の皮と地に塗(まび)れて、唯(ただ)これ修羅道(しゅらどう)を打覆(ぶっくりかえ)したるばかりなり。
 海上風波の難に遭(あ)える時、若干(そくばく)の油を取りて航路に澆(そそ)げば、浪(なみ)は奇(くし)くも忽(たちま)ち鎮(しずま)りて、船は九死を出(い)づべしとよ。今この如何(いかに)とも為(す)べからざる乱脈の座中をば、その油の勢力をもて支配せる女王(にょおう)あり。猛(たけ)びに猛ぶ男たちの心もその人の前には和(やわら)ぎて、終(つい)に崇拝せざるはあらず。女たちは皆猜(そね)みつつも畏(おそれ)を懐(いだ)けり。中の間なる団欒(まどい)の柱側(はしらわき)に座を占めて、重(おも)げに戴(いただ)ける夜会結(やかいむすび)に淡紫(うすむらさき)のリボン飾(かざり)して、小豆鼠(あずきねずみ)の縮緬(ちりめん)の羽織を着たるが、人の打ち騒ぐを興あるように涼き目を※(みは)(「目へん」に「登」)りて、躬(みずから)は淑(しとや)かに引繕(ひきつくろ)える娘あり。粧飾(つくり)より相貌(かおだち)まで水際立(みずぎわた)ちて、凡(ただ)ならず媚(こび)を含めるは、色を売るものの仮の姿したるにはあらずやと、始めて彼を見るものは皆疑えり。一番の勝負の果てぬ間に、宮という名は普(あまね)く知られぬ。娘も数多(あまた)居たり。醜(みにく)きは、子守の借着したるか、茶番の姫君の戸惑(とまどい)せるかと覚(おぼし)きもあれど、中には二十人並、五十人並優れたるもありき。服装(みなり)は宮より数等(すとう)立派なるは数多(あまた)あり。彼はその点にては中の位に過ぎず。貴族院議員の愛娘(まなむすめ)とて、最も不器量(ふきりょう)を極(きわ)めて遺憾(いかん)なしと見えたるが、最も綺羅(きら)を飾りて、その起肩(いかりがた)に紋御召(もんおめし)の三枚襲(さんまいがさね)を被(かつ)ぎて、帯は紫根(しこん)の七糸(しちん)に百合(ゆり)の折枝(おりえだ)を縒金(よりきん)の盛上(もりあげ)にしたる、人々これが為に目も眩(く)れ、心も消えて眉(まゆ)を皺(しわ)めぬ。この外種々(さまざま)色々の絢爛(きらびやか)なる中に立交(たちまじ)らいては、宮の装(よそおい)はわずかに暁の星の光を保つに過ぎざれども、彼の色の白さは如何(いか)なる美(うつくし)き染色(そめいろ)をも奪いて、彼の整へる面(おもて)は如何なる麗(うるわし)き織物よりも文章(あや)ありて、醜き人たちは如何に着飾らんともその醜きを蔽(おお)う能(あた)わざるが如く、彼は如何に飾らざるもその美きを害せざるなり。
 袋棚(ふくろだな)と障子との片隅(かたすみ)に手炉(てあぶり)を囲みて、蜜柑(みかん)を剥(む)きつつ語(かたら)う男の一個(ひとり)は、彼の横顔を恍惚(ほれぼれ)と遙(はるか)に見入りたりしが、遂(つい)に思い堪(た)えざらんように呻(うめ)き出(いだ)せり。
「好(い)い、好い、全く好い! 馬士(まご)にも衣裳と謂(い)うけれど、美(うつくし)いのは衣裳には及ばんね。物それ自(みずか)らが美いのだもの、着物などはどうでも可(い)い、実は何も着ておらんでも可い」
「裸体ならなお結構だ!」
 この強き合槌(あいづち)撃つは、美術学校の学生なり。
 綱曳(つなひき)にて駈着(かけつ)けし紳士は姑(しばら)く休息の後内儀に導かれて入来(いりきた)りつ。その後(うしろ)には、今まで居間に潜みたりし主(あるじ)の箕輪亮輔(みのわりょうすけ)も附添いたり。席上は入乱れて、ここを先途(せんど)と激(はげし)き勝負の最中なれば、彼等の来(きた)れるに心着きしは稀(まれ)なりけれど、片隅に物語れる二人は逸早(いちはや)く目を側(そば)めて紳士の風采(ふうさい)を視(み)たり。
 広間の燈影(ひかげ)は入口に立てる三人(みたり)の姿を鮮(あざや)かに照せり。色白の小(ちいさ)き内儀の口は疳(かん)の為に引歪(ひきゆが)みて、その夫の額際(ひたいぎわ)より赭禿(あかは)げたる頭顱(つむり)は滑(なめら)かに光れり。妻は尋常(ひとなみ)より小きに、夫は勝(すぐ)れたる大兵(だいひょう)肥満にて、彼の常に心遣(こころづかい)ありげの面色(おももち)なるに引替えて、生きながら布袋(ほてい)を見る如き福相したり。
 紳士は年歯(としのころ)二十六七なるべく、長高(たけたか)く、好き程に肥えて、色は玉のようなるに頬(ほほ)の辺(あたり)には薄紅(うすくれない)を帯びて、額厚く、口大きく、腮(あぎと)は左右に蔓(はびこ)りて、面積の広き顔は稍(やや)正方形を成(な)せり。緩(ゆる)く波打てる髪を左の小鬢(こびん)より一文字に撫付(なでつ)けて、少しは油を塗りたり。濃(こ)からぬ口髭(くちひげ)を生(はや)して、小(ちいさ)からぬ鼻に金縁(きんぶち)の目鏡(めがね)を挾(はさ)み、五紋(いつつもん)の黒塩瀬(くろしおぜ)の羽織に華紋織(かもんおり)の小袖(こそで)を裾長(すそなが)に着做(きな)したるが、六寸の七糸帯(しちんおび)に金鏈子(きんぐさり)を垂れつつ、大様(おおよう)に面(おもて)を挙げて座中を※(みまわ)(「目へん」に「旬」)したる容(かたち)は、実(げ)に光を発(はな)つらんように四辺(あたり)を払いて見えぬ。この団欒(まどい)の中に彼の如く色白く、身奇麗に、しかも美々(びび)しく装(よそお)いたるはあらざるなり。
「何だ、あれは?」
 例の二人の一個(ひとり)はさも憎さげに呟(つぶや)けり。
「可厭(いや)な奴!」
 唾(つば)吐くように言いて学生はわざと面(おもて)を背(そむ)けつ。
「お俊(しゅん)や、一寸(ちょいと)」と内儀は群集(くんじゅ)の中よりその娘を手招きぬ。
 お俊は両親の紳士を伴へるを見るより、慌忙(あわただし)く起ちて来(きた)れるが、顔好くはあらねど愛嬌(あいきょう)深く、いと善く父に肖(に)たり。高島田に結(ゆ)いて、肉色縮緬(にくいろちりめん)の羽織に撮(つま)みたるほどの肩揚したり。顔を赧(あか)めつつ紳士の前に跪(ひざまず)きて、慇懃(いんぎん)に頭(かしら)を低(さぐ)れば、彼はわずかに小腰を屈(かが)めしのみ。
「どうぞこちらへ」
 娘は案内せんと待構へけれど、紳士はさして好ましからぬように頷(うなず)けり。母は歪(ゆが)める口を怪しげに動して、
「あの、見事な、まあ、御年玉を御戴きだよ」
 お俊は再び頭(かしら)を低(さ)げぬ。紳士は笑(えみ)を含みて目礼せり。
「さあ、まあ、いらっしゃいまし」
 主(あるじ)の勧むる傍(そば)より、妻はお俊を促して、お俊は紳士を案内(あない)して、客間の床柱の前なる火鉢(ひばち)在る方(かた)に伴(つ)れぬ。妻は其処(そこ)まで介添(かいぞへ)に附きたり。二人は家内(かない)の紳士を遇(あつか)うことの極(きわ)めて鄭重(ていちょう)なるを訝(いぶか)りて、彼の行くより坐るまで一挙一動も見脱(みのが)さざりけり。その行く時彼の姿はあたかも左の半面を見せて、団欒(まどい)の間を過ぎたりしが、無名指(むめいし)に輝ける物の凡(ただ)ならず強き光は燈火(ともしび)に照添(てりそ)いて、殆(ほとん)ど正(ただし)く見る能(あた)わざるまでに眼(まなこ)を射られたるに呆(あき)れ惑えり。天上の最も明(あきらか)なる星は我手(わがて)に在りと言わまほしげに、紳士は彼等の未(いま)だ曾(かつ)て見ざりし大(おおき)さの金剛石(ダイアモンド)を飾れる黄金(きん)の指環を穿(は)めたるなり。
 お俊は骨牌(かるた)の席に復(かえ)ると※(ひとし)(「にんべん」に「牟」)く、密(ひそか)に隣の娘の膝(ひざ)を衝(つ)きて口早に囁(ささや)きぬ。彼は忙々(いそがわし)く顔を擡(もた)げて紳士の方(かた)を見たりしが、その人よりはその指に耀(かがや)く物の異常なるに駭(おどろ)かされたる体(てい)にて、
「まあ、あの指環は! 一寸(ちょいと)、金剛石(ダイアモンド)?」
「そうよ」
「大きいのねえ」
「三百円だって」
 お俊の説明を聞きて彼は漫(そぞろ)に身毛(みのけ)の弥立(よだ)つを覚えつつ、
「まあ! 好いのねえ」
 ※(ごまめ)(「魚へん」に「單」)の目ほどの真珠を附けたる指環をだに、この幾歳(いくとせ)か念懸(ねんが)くれども未(いま)だ容易に許されざる娘の胸は、忽(たちま)ちある事を思い浮べて攻皷(せめつづみ)の如く轟(とどろ)けり。彼は惘然(ぼうぜん)として殆ど我を失える間(ま)に、電光の如く隣より伸来(のびきた)れる猿臂(えんぴ)は鼻の前(さき)なる一枚の骨牌(かるた)を引攫(ひきさら)えば、
「あら、貴女(あなた)どうしたのよ」
 お俊は苛立(いらだ)ちて彼の横膝(よこひざ)を続けさまに拊(はた)きぬ。
「可(よ)くってよ、可くってよ、以来(これから)もう可くってよ」
 彼は始めて空想の夢を覚(さま)して、及ばざる身(み)の分(ぶん)を諦(あきら)めたりけれども、一旦金剛石(ダイアモンド)の強き光に焼かれたる心は幾分の知覚を失いけんようにて、さしも目覚(めざまし)かりける手腕(てなみ)の程も見る見る漸(ようや)く四途乱(しどろ)になりて、彼は敢無(あえな)くもこの時よりお俊の為に頼み難(がたな)き味方となれり。
 かくしてかれよりこれに伝え、甲より乙に通じて、
「金剛石(ダイアモンド)!」
「うむ、金剛石だ」
「金剛石?」
「成程金剛石!」
「まあ、金剛石よ」
「あれが金剛石?」
「見給え、金剛石」
「あら、まあ金剛石?」
「すばらしい金剛石」
「おそろしい光るのね、金剛石」
「三百円の金剛石」
 瞬(またた)く間(ひま)に三十余人は相呼び相応じて紳士の富を謳(うた)えり。
 彼は人々の更互(かたみがわり)におのれの方(かた)を眺(なが)むるを見て、その手に形好く葉巻(シガア)を持たせて、右手(めて)を袖口(そでぐち)に差入れ、少し懈(たゆ)げに床柱に靠(もた)れて、目鏡の下より下界を見遍(みわた)すらんように目配(めくばり)していたり。
 かかる目印ある人の名は誰(たれ)しも問わであるべきにあらず、洩(も)れしはお俊の口よりなるべし。彼は富山唯継(とみやまただつぐ)とて、一代分限(ぶげん)ながら下谷(したや)区に聞ゆる資産家の家督なり。同じ区なる富山銀行はその父の私設する所にして、市会議員の中(うち)にも富山重平(じゅうへい)の名は見出(みいだ)さるべし。

……冒頭より

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