「古典落語・人情ばなし」

池田弥三郎編

ドットブック版 150KB/テキストファイル 117KB

500円

古典落語の代表「人情ばなし」の傑作選。以下の13編を収録してある。

「芝浜」
「火事息子」
「唐茄子(とうなす)屋政談」
「景清(かげきよ)」
「子別れ(上・中・下)」
「梅若礼三郎(れいざぶろう)」
「お若伊之助」
「淀五郎」
「紺屋高尾」
「文七元結(ぶんしちもっとい)」
「ちきり伊勢屋」
池田弥三郎(1914〜82)国文学者、民俗学者、随筆家。東京・銀座の天麩羅屋「天金」の次男に生まれる。慶応大学国文科卒。民俗学者の折口信夫に師事した。テレビに出演して、いわゆるタレント教授のはしりともなった。多くの著作は「池田弥三郎著作集」(角川書店)にまとめられている。
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火事息子

 新年の行事の一つに、出初式(でぞめしき)ってえのがございますが、あれも新式の消防自動車を並べて見せるだけでは感じが出ませんで、やはり半纏(はんてん)に向鉢巻、手に手に纒(まとい)を持った、江戸に町火消があった頃のいなせな鳶(とび)の姿、それと木遣(きや)りの声が入って、はじめて正月らしい華やかな気分になるんですな。
 この町火消ってえのは、享保(きょうほう)三年に、大岡越前守様がこしらえたものだそうでして、なぜできたかってえますと、火事の多い江戸の町で、火事がありましても火消がいなかったんですな。いえ、いたことはいたんです。大名火消という、江戸城と幕府の施設の消火を受持ってんのと、定火消(じょうびけし)といって、大名、旗本の屋敷を受持ってるってのが、火消屋敷ってとこにいたんですが、町家に火事がありましても、決して手エ出さない。受持ちが火事の時だけ手伝うってえんですから、町は燃え放題。これじゃアいけないってんで、いろは四十八組の町火消ができたんですな。
 と申しましても、中には縁起の悪(わる)いのや、言い難(づら)いのがありますな。で、その仮名は取っちまって、代りに百、千、万、ほん、てえのをつけた。取ったほうはってえと、まず、へ組。誰も組にへ(ヽ)いらねえ。へは、要らないってんですから。それから、ひ組もない。火のとこへ、ひってえのは縁起が悪いってんで、これもやめた。も一つないのが、ら組。焼け出されて裸ンなるってんで、これも縁起イかついだって説や、らという発音が江戸っ子にゃ苦手だからって説や、そのほかいろいろございます。また、
「一番纒上げたなア、どこの組だい」
「ん組だ」
「ン組じゃわかんねえ、どこの組か言ったっていいだろ? フン、勿体(もってえ)つけやがって、このどケチ野郎」
「てやんでえ、ん組だって言ってんじゃねえか、ガチャ耳ッ」
「なにオ」
 喧嘩ンなっちゃアいけないってんで、ん組もなかった。
 これが、半鐘がじゃアんとくりゃ、一番纒を上げようってんで先を争って火事場へ駈けつける。纏を上げるなア着いた順で、一番纒を何遍上げたかってえのが、組の誇りンなるってんですから、そりゃ早かったそうでして。
 一方火消屋敷の人足ってえなア、俗に臥煙(がえん)て申しますが、一応は旗本の中間(ちゅうげん)ってえ役名がついちゃアいるが、最下級の火消でして、人足部屋ンなってる大部屋ン中で、一年中半纒一枚、博奕三昧の生活(くらし)イしている。おまけに給金が少なかったってえますから、どしたって小遣銭に困る。するてえと、緡(さし)といいましてな、穴あき銭を通しとく紐(ひも)があったんですが、それの押売りに出かけるんですな。まア売るってえと体裁はいいんですが、ゆすり、たかりが目的のゴロツキでして、江戸で緡売りとか臥煙とかいやア、ならずもんのことだったんですな。
 それが、火事ってえと、ま、町火消のほうは刺子の火事装束に身イ固めるんですが、こっちは褌に半纒のまま駈けつける。奇妙なことにこの連中ってえのは、揃いも揃って肌がきれいで、男前だったそうで、半纒の下から刺青イチラチラさせながら、命知らずに火がかりイする。その姿にあこがれて、臥煙のなり手ってえのは、多かったんだそうです。
 ま、火事と言やア弥次馬がつきもんですが、ただいまと違いまして、江戸っ子であるからにゃ、年に一度や二度の焼け出されは当りまえってえ時代のことで、根性からして違うんですな、居直っちまってる。火事を待つこと、吉事を祈るが如しってえ、当時の本にございますように、正月を待ってる子供みたいなもんで、
「もう幾つ寝ると火事になるウ」
 てんで指折りかぞえて待っている。と、じゃアん……。
「わアーい、火事だよオ、ええ? 久し振りじゃねえか。もうこねえのかってんで心配(しんぺえ)で心配で、俺ア眠れなかったんだ。ああ、きてくれて良かった。……あらよオッ、あらよオッ、……ちぇッ、シケてやがらア、せっかく駈けつけたってえのに、もう消(け)えちまった。大体(でえてえ)風の野郎がいけねえや、ケチケチしやがって、なんでえ、馬鹿にしてやがる」

……冒頭より


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