「工芸文化」

柳宗悦/著

ドットブック版 3011KB/テキストファイル 143KB

500円

工芸のもつ位置、とくに造形の領域における美術と工芸とのつながりを明確にし、それぞれの特質と限界とを示す、ユニークな体系的工芸美論を確立した名著。柳宗悦の手になる本書は、鑑賞用の工芸品をしりぞけ、日用雑器の中に真の美を発見しようとした昭和初期の民芸運動に多大な影響をあたえた。「民芸」という言葉も柳の提唱したものであった。

柳宗悦(やなぎ むねよし、1889〜61)民芸運動を起こした思想家、美学者、宗教哲学者。東京生まれ。旧制学習院高等科を経て東京帝国大学卒業。同人雑誌グループ白樺派に参加。生活に即した民芸品に注目して「用の美」を唱え、民芸運動を起こした。1936年(昭和11年)には、目黒区駒場に日本民藝館を設立、機関誌「月刊民藝」を創刊した。朝鮮の美術、沖縄の文化の精力的な紹介、木食仏の発見などは、おもな事跡としてよく知られている。

立ち読みフロア
 工芸のことに関しては、一般の理解はまだ荒々しいものに過ぎない。残念なことに多くの人たちは、日々一緒に暮す器物には、そう深く注意してくれない。始終(しじゅう)身の廻りにある平凡な品物の領域であるから、そこから真理問題を汲み取ろうとする人はほとんどない。ましてそこに美の法則を見出そうとは考えてくれない。もっとも私たちは今無数の醜いものに囲まれている。だから美の問題を身近くに考える機縁(きえん)が乏しいのだともいえる。それに美のことなら、高く深い美術の領域が思い出される。これに比べれば工芸の世界など凡庸(ぼんよう)なものに映(うつ)るであろう。だからそこに真理を探る人が少ないのも無理はない。だが日々の実用に使うという性質が、そんなにも美と遠いものだろうか。当り前なものということは、そんなにも省(かえりみ)る必要のない性質だろうか。
 もとより幾人かの人は嗜(たしな)みを見せてくれる。物を買う時きっと品物への吟味を忘れない。これが良いとか悪いとか、好きだとか嫌いだとかいって差別してくれる。私たちはその選択に工芸への批判の芽生(めばえ)を眺(なが)める。何か好みがあるのは有難いことだ。嗜好を有(も)つか有たないかは、一生に随分大きな影響があろう。ただ惜しむらくは進んだ嗜好はそう多くはない。小さな私の好みに終わってしまう人が沢山にある。だから間違った好みがなかなか多い。
 だがある人はもう一歩先に出てくれる。ただに選ぶのみならず、どう使うかを色々と考えてくれる。いわば品物を生活で活(い)かしてくれる。このことは工芸を一段と身に近づけて、それを見守る機会を多くさせる。これで標準は高まってくる。持物は使い方で性質をなおよく示してくれる。このことで日本の「茶の湯」は特筆されていい。「茶」は日本人の器物に対する情愛を深め、美に対する教養を誘った。「茶」は何が美しいかを品物で語り、使い方で示した。その功績は大きい。だが残念なことに、多くの人はそれを茶室における茶事に止めた。弄(もてあそ)ぶ「茶」から脱(ぬ)け切った人は存外(ぞんがい)に少ない。まして広々と心を工芸や美の問題に進めてくれる茶人がいない。
 だが品物に心を注いでくれるもう一群の人たちがいる。鑑賞家や蒐集(しゅうしゅう)家の存在が浮かぶ。それらの人たちは多くの経験や智慧(ちえ)の持ち主であって、彼らの鑑識や蒐集のために、どんなに品物の存在や性質が明らかにされたことか。彼ら自身にもその誇りが見える。だがしばしば私が当惑するのは、彼らの識っているのは、多くの場合骨董(こっとう)のことで工芸のことではない。彼らの要求はとかく所有することで、理解することではない。だから奇怪なことには、自身が日夜暮しの中で用いる器物と、彼らが自慢する品物との間にはほとんど交渉がない。彼らはしばしば見るに堪えないものを使う。
 それでは美の世界に関わりの多い人たちはどうであろうか。例えば文学や音楽に志す人で、造形の世界に心を寄せてくれる人がいるだろうか。日本の現状は残念だが甚(はなは)だ乏しい。美術に関してすら関心を有(も)つ人が少ないように見受ける。一般に教養がまだ狭いのである。
 では美術評論家はどうであろうか。美術論は相当の数に上ろう。だが工芸論の方は落莫(らくばく)たるものである。工芸に真実な美を予期するのは徒労(とろう)だと考えるのであろうか。工芸論が乏しいためもあろう、一般の人々の工芸に関する理解はまだ粗笨(そほん)である。
 この貧困さは直接工芸に関する書物を開いても同じである。工芸の各部門に関する専門的著述は相当にあろう。だがそれらのものは、もともと材料なり製法なりの科学的分析であって、工芸そのものの本質に関する哲理を有たない。それ故めったに工芸の価値問題には触れない。工芸論と見做(みな)される書物を見ても、せいぜい手際のいい分類に終わるぐらいで、本質問題には迫って行かない。
 では美学者たちが今までこの問題をどれだけ背負ってくれたか。彼らは好んで美術を語るが、工芸には多く沈黙する。これに触れる場合でも、たかだかある章の中に小さな場所を与えているに過ぎない。外国の書物でも、同じように動きは活発でない。それが如何(いか)に将来の美学に、根本の問題を投げるかについて示唆(しさ)したものは絶えてない。
 工芸史家はどうであろうか。私たちは彼らの調べた歴史的委細から教わるものは些少(さしょう)でない。だが私たちが常に廻(めぐ)り会う悲哀は、彼らに知識があっても直観が乏しいことである。その証拠には彼らはしばしば美しいものと醜いものとを同じように賞(ほ)める。玉石(ぎょくせき)の判断がなかなかつかないと見える。だから記録は便(たよ)りになるとしても、歴史観は心もとない。結局工芸への正しい理解の持ち合せがないのである。特に工芸美に関する点に来ると立場は多く曖昧(あいまい)である。だが歴史家に価値認識が乏しいことは致命的ではないか。ただ史料に依(よ)る記述は工芸史観を産まない。
 それよりかえって地方文化に心を傾ける人たちの中に、地方工芸の意義が重いのを知ってくれている場合がある。地方文化にはとりわけ手仕事が重要だということが分っているからである。ただ惜しむらくは理解は多く思想的で、物に即したものではない。実際どういう物が正しい品物かという具体的なことになると答えは曖昧になる。
 大体近世において私たちが喪失した才能のうち、最も著しいものは直観力ではないだろうか。特に物の美を観る力ではないだろうか。近世の才能は知識に集注したかの観がある。故に抽象的な「事」を知る人は多いが、具体的な「物」を観得(みう)る人が少ない。それ故有形的なものに対してさえ、とかく概念的に眺めてしまう。工芸への関心がいたく乏しいのは、それが余りにも「物」だからではないだろうか。美術の方にはどこか観念的な内容があろうが、工芸の方はもっと素裸な「物」である。それ故知る力だけでは近づくことが出来ない。観ることで近づかずば親(したし)み難い。如何に今の世には「物」をじかに見てくれる人が少ないことか。誰だとて眼で眺めはするが、内に観入(みい)る力を有った人が少ない。工芸への正当な理解が、このためにどんなに阻(はば)まれていることか。

 実にこれらの無関心や誤解やまたは直観の欠乏のために、工芸は未だ正当な位置を文化問題に占めていない。
 だが工芸文化がなくして正しい文化は可能であろうか。なぜなら工芸を離れて吾々の生活はないからである。工芸があってこそ吾々に暮しがあるのだともいえる。朝から晩まで、働く時も休む時も、それらのものなくしては暮すことが出来ない。私たちは着物を身に着けて暖をとり、器物を揃えて食事をなし、調度を整えて日々の暮しをする。影が身に従う如く、人の住む所には品物が従う。こんなにも密接に吾々に交わる日夜の伴侶(はんりょ)はない。暮し方が広まるにつれてその種類もまた増してくる。それらのものこそ生活そのものの一番如実(にょじつ)な表現ではないか。もしも工芸が貧弱なら、生活もまたそれだけ空虚だともいえる。正しい暮しは正しい工芸を伴わねばならない。どんなものを生活に用いるかは、どんな生活であるかの告白ではないか。美は鑑賞に止(とどま)る如きものであってはいけない。もっと深く生活で活かされねばならない。美と生活とを結ぶものこそ工芸ではないか。工芸文化が栄えずば文化は文化の大きな基礎を失うであろう。なぜなら文化は、何よりもまず生活文化でなければならないからである。

……冒頭より

購入手続きへ


*** タイトル一覧へ *** ホームページへ ***