「幸福について」(上・下)

アラン/宗左近訳

(上)ドットブック版 116KB/テキストファイル 88KB

(下)ドットブック 100KB/テキストファイル 70KB

各400円

アランの「幸福論」は、幸福でありたいと意欲する人々のための書物です。つまり、現在不幸である人々のための本です。幸福とは何であろうか、などとくわえタバコでのんびりと考えるレジャーを楽しんでいる人々のためのムード的幸福論ではありません。歯が痛い人々にとって一番大切なことは、歯が健康であるとはどんなことかを説いてもらうことではなくて、治療の方法を教えてもらうことであり、そして痛む歯を治療することであるからです(訳者)。「行動の人」アランのフランス的エスプリにあふれた名著。

アラン(1868〜1951) フランスの哲学者・批評家。リセ・アンリ4世校などで教授を務めた。徹底した合理主義・自由主義に基づいて、芸術・文学・政治・教育などの多方面にわたる批評活動をおこなったことで知られる。多数の著作があるが、「幸福について」は最も有名で、多くの言語に訳されて、いまも読みつがれている古典である。

立ち読みフロア
 幼い子供が泣いてどうにもなだめられない時には、乳母《うば》はよくその子の性質や好き嫌いについてこの上なく巧妙な仮説をたてるものだ。遺伝までひっぱり出して、この子はお父さんの素質を受けついでるのだと考えたりする。そんなお手製の心理学にふけり続けているうちに乳母はピンを見つけたりする。そのピンが幼い子供を泣かせた本当の原因だったのである。
 アレクサンドロス大王が若かったころ、名馬ブケファルスが献上されたが、どの調教師もこのあばれ馬を乗りこなすことができなかった。ありきたりの人間だったら、「こいつはたちの悪い馬だ」とでも言っただろう。ところがアレクサンドロスはピンをさがし、間もなく見つけた。ブケファルスが自分の影にひどくおびえていることに気づいたのである。おびえて跳《は》ねあがれば影も跳ねあがるので、きりがなかった。だが、かれはブケファルスの鼻づらを太陽の方に向けたまま動かさないでおいて馬を安心させ、疲れさせることができた。アリストテレスの弟子は、情念の本当の原因を知らないかぎり、人間は情念に対して全く無力なことを、すでに知っていたのだ。
 多くの人々が何のために恐怖というものは生じるのかを説いてきかせた。しかも強力な理由をあげて。だが、現にこわがっている者は理由なんかに耳を傾けない。自分の心臓の鼓動と血のざわめきに耳を傾けているのだから。学者ぶった人間は危険から恐怖が生ずると推論する。情熱家は恐怖から危険が生ずると推論する。両者とも自分こそ正しいと思っている。しかし、両方ともまちがっている。だが、学者ぶり屋のまちがいは二重だ。かれは本当の原因を知らないし、また情熱家のまちがいがわかっていない。
 こわがっている人間はなんらかの危険を勝手に創作してこわがっているのだ。そして、自分の今味わっている恐怖はちゃんと理由のあるまぎれもない恐怖だと考えるのだ。ところが、なんの危険もない場合でも、ふと驚くことがほんの少しでもあった場合には、こわくなるものだ。たとえば、ごく近くでそれも思いがけなくピストルの音がしたとか、思いがけない人物がいたとかいうだけでもそうである。マセナ将軍〔一七五六〜一八一七。元帥。武名高くナポレオンによって「勝利のいとし児」の別名を与えられた〕は、うすぐらい階段で立像を見てこわくなり、いちもくさんに逃げ出した。
 苛立《いらだ》ちだの、不機嫌だのは、往々にしてあまり長い間立ちどおしでいたことから生ずる。そういうときにはあなたの不機嫌は理屈に合わぬなどといわずに、椅子《いす》をさし出してやることだ。行儀作法こそが一切だといった外交官タレーラン〔一七五四〜一八三八。外交官。王政復古に荷担してめざましい活躍を示し、ウィーン会議とロンドン会議で敏腕をふるった〕は、かれが考えたより以上のことを言ったことになる。かれは相手を不愉快にしまいという配慮から、ピンをさがし、ついに見つけたわけである。このごろの外交官ときたらどれも、産衣《うぶぎ》のなかのピンのつけ方を間違えている。そこからヨーロッパのいざこざが持ちあがる。
 そして、だれでも知っているように、ひとりの子供が泣き出すとほかの子供たちも泣き出すものだ。さらにわるいことには、泣くために泣く。乳母たちは職業がら、心得ているから、子供を腹ばいにさせる。こうすればすぐに身ごなしが変わり、気分が変わる。これがあまり高いところをねらわない説得術というものである。
 第一次世界大戦の災禍は、要人たちがみんな不意打ちをくらったことから生じたものと、わたくしは考える。不意打ちをくらったためにこわくなったのだ。人が恐怖をいだくときには、怒りから遠くはない。興奮のあとには怒りがすぐ続く。閑暇や休息を楽しんでいるときに突然よびもどされる場合には、好ましくない事態が生じる。そういう状態ではしばしば気分が変わる、それもあまりに変わりすぎる。不意に目をさまされた人と同じで、目をさましすぎるのだ。だが、人間は邪悪なものだ、などとは断じて言ってはならない。人間の性格はこうこうだ、などと言ってはならない。ピンをさがしたまえ。


 ……「名馬ブケファルス」

購入手続きへ( 


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***