「微笑がいっぱい」

リング・ラードナー/加島祥造訳

ドットブック版 236KB/テキストファイル 156KB

600円

リング・ラードナーは、単なるユーモア作家でなく、アメりカ有数の風刺作家と称され、「アメリカのスウィフト」「マーク・トウェインにつぐアメリカ的作家」とさえ呼ばれる。この集には、ユーモラスなスポーツ物(『弁解屋アイク』『当たり屋』『ハリー・ケーン』)を中心に、「微笑(わらい)がいっぱい」「メイズヴィルの吟遊詩人」「チャンピオン」「この話もう聞かせたかね」「保養旅行」「古風なクリスマス」の9編を収録した。この作家に長いあいだ親しんできた訳者の選による、またとない好編。

リング・ラードナー(1885〜1933) 1920年代によく読まれたアメリカの作家。アーマー工芸大学中退後、新聞記者としてスポーツ欄を担当。1914年にユーモラスな野球小説の連載を週刊誌に発表して一躍人気を博し、以後、作家として独立した。若き日のヘミングウェーが大きな影響を受けたことはよく知られている。アメりカ有数の風刺作家といわれる。

立ち読みフロア
 やつの本名はフランク・X・ファレルというんだがね、どうもXってのは「言いわけ(イクスキューズ・ミー)」のX(イクス)じゃねえかなあ。何故ってこの男、ファインプレーした時でも失敗した時でも、球場にいる時も外にいる時も、とにかく何かやったらきまって「ごめんよ、実は――」って詫(あやま)ったり弁解したりするんだ。
 で、やつが南部からきて球団に入った最初の日に、もうケリーはやつに「弁解(アリバイ)アイク」という仇名をつけちまった。もちろんおれ達も「弁解(アリバイ)」なんて言葉は口に出さないようにしてた。うっかり耳に入って殴られてもつまらねえからね。だけども名前の「アイク」のほうは面と向って言ったもんだ。「弁解(アリバイ)」のほうをぬかしても、チームの連中にはみんな分ってたってわけさ。
 やつ、おれに一度こう聞いたぜ。
「何でみんなはぼくのことをアイクって呼ぶのかな? ぼくユダヤ人じゃあないぜ」〔ユダヤ人はアイキーとかカイクと呼ばれる〕
「ケリーが名付け親さ」とおれは言った、「あいつ、自分の好きな相手だとみんなアイクと呼ぶんだ」
「するとケリーってあんまり好きな友達はいないようだね。ぼく以外の人間をアイクって呼んでるの、聞いたことないもんな」
 まず、ケリーがなぜあいつにこの仇名をつけたか、いきさつを話そう。おれ達そのころ二週間ばかり練習やってて、投手のコンディションも上り調子だった。すると、あいつが入団してきてはじめて、練習に出たんだが、バッター・ボックスに立ったらどんな投手もぶちのめして、みんなアッケにとられちまったんだ。それからケリーと一緒にレフトのほうでフライ取りの練習して、その日の練習が終ってからケリーはやつのことでおれに話しかけたわけだ。
「アリバイ・アイクのやつ、どう思う?」とケリーはおれに聞いた。
「誰のことだい?」
「外野のファレルのことさ」
「ああ、そうとう打てそうじゃないか」
「そうなんだ、だけどよ、あの男、打つほうも相当だけど、弁解や言いわけのほうはもっとすごいんだぜ」
 こう前置きして、ケリーはアイクがどんな調子でやったか説明してくれたんだ。はじめ、やつはフライをポロリと落しちまってすぐと、このグローヴは新品で使い馴れないんでねえ、とケリーに言いわけしたそうだ。ところがケリーの見たところだと、やつのグローヴはキッド・グリースンの親爺の親爺ぐらい皺くちゃだったとさ。だけども次のフライがきた時は素敵な捕り方したんでケリーも思わず「ナイス・キャッチ」とか何とか言ったら、アイクまた弁解したね――こんな球なら後ろ向きになったまま捕れるんだけれど、走りだしたとたんに足が滑ったし、それに風向きが変わってすっかりだまされた、こう言うんだ。
「やっと球に追いついたのかと思ったがな」とケリーが言うと、
「ほんとなら球の下に坐りこんで待てるくらいだったんですよ」だとさ。
「去年の打率はどうだったい?」とケリーが聞いた。
「シーズンの間ずっとマラリアにかかってたもんでねえ、結局、三割五分六厘にしかならなかったんです」
「へえ、そんなマラリアならおれも罹(かか)ってみてえな」とケリーが言ったけど、アイクは気がつかなかったそうだ。
 晩飯の時おれとケリーとアイクの三人が同じテーブルに坐った。やつは食べ終るのに、おれ達より三十分もよけいにかかるんだ。だって、フォークを持ちあげるたんびに必ず何か言いわけがましいこと言わなきゃすまねえからなんだ。
「ぼくには澱粉が必要だ、と医者が言うんですよ」と言ってジャガイモをシャベル一杯しゃくって口にほうりこむ。かと思うと、「この肉、骨ばっかりだったもんでねえ」と言ってから次の肉を取りあげる。かと思うと、「風邪には玉ネギが一番だそうですね」といって玉ネギに突進する。
「そのアップル・ソースを食べな、マラリアにはよく効くぜ」とケリーが言うと、
「誰のマラリアにです?」とアイクは聞き返したね。去年なぜ、三割五分六厘しか打てなかったのか、もうすっかり忘れちまってるのさ。

……「弁解屋アイク」冒頭より


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