「ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯」

作者不詳/会田由訳

ドットブック版 161KB/テキストファイル 92KB

300円

いわゆる「ピカレスク小説」のはしりであり、その代表作。「picaro」とはスペイン語で普通「悪漢・ならず者」を意味するが、ピカレスク小説の主人公は、要するに社会の下層にうごめき、あちこちと放浪に近い暮らしを送りながら自らの知恵と才覚で(ときに大いに反社会的な手まで使って)生きのびようと努力する人物である。本書は16世紀半ばにスペインで書かれ、当時大人気を博すとともに、その後のピカレスク小説の模範とされた。貧しい主人公ラーサロ少年は7人の俗人・聖人につぎつぎに仕えるが、だれひとり偽善の仮面の下に疑わしい品性を隠していない者はなかった。
立ち読みフロア

 さて、何はさておき、旦那さまに知っていただきたいことは、わたくしはトルメスのラーサロと呼ばれ、サラマンカの村、テハーレス生まれのトメ・ゴンサーレスとアントーナ・ペレスの一子だということでございます。わたくしの生まれたのがトルメス河のまん中だったので、そのおかげで右のような渾名《あだな》がついた、という次第でございます。わたくしの父は――どうか神様あの人をお許しなすって下さいまし――あの河の河岸《かし》にある水車の粉ひきが仕事で、およそ十五年の上、あの水車の水車番をいたしていました。そうして、ちょうどわたくしをお腹に宿していたお袋が、一夜水車小屋にいるときに産気づいて、その場でわたくしを産みおとしました。こういう次第で、まったくわたくしは、河のまん中で生まれたと申してもよろしいのでございます。
 それから、わたくしが八歳の子供のころ、なんでも父親が、あそこへ粉を挽《ひ》いてもらいにやって来る人々の大袋に、ふとどきにも流出口をあけて中身を失敬したという罪に問われて、そのために捕えられ、かくすところなく告白して、お上のお仕置に服しました。しかし、わたくしは、父がただいま天国にいるものだと、神様をおたよりにいたしております。と申すのも、そういう人々を幸いなりと、福音書〔マタイ伝、第五章十節の「正しきことのため責められる者は幸いなり……」をもじったもの〕も呼んでいるからでございます。
 ちょうどその頃、モーロ人に対する遠征隊が派遣されましたが、当時さきに述べました災難で追放されていた父親も、あちらへ従軍なすった、さる騎士の荷運びらば《ヽヽ》の口取りとして、軍隊に加わりました。そうして、忠実な従僕として、ご主君といっしょに命を落としたのでございます。
 後家になったお袋は、夫もなくて、よるべない身になりましたので、立派な方々のところへ身をよせて、自分もそういう立派な方々の一人になろうと思いさだめて、市《まち》へ出て住むことになりました。そうして小さな家を一軒借りて、数人の学生たちの食事の世話を引きうけたり、マグダレーナ教区の騎士団長の馬丁連の下着の洗いすすぎをしたりしましたので、自然、うまやにもちょくちょく出入りするようになったのでございました。
 ところで、お袋が、馬の世話をしている男たちの一人である、黒ん坊と仲よくなったのでございます。この男はどうかすると、わたくしどもの家へやってまいって、朝方帰って行くこともありました。また時によると昼間も、卵を買いに来たなどと言って、戸口のところへやって来て、家の中へはいり込んだりいたしました。この男がやって来るようになった最初のころは、その肌の色やら、いやな顔つきだのを見て、わたくしはいやでならず、恐ろしかったものでした。しかし、彼が来るようになって、家の食べものがよくなって来たのに気づいて、いつかわたくしも、この男が好きになってまいりました。何しろ、いつもパンや肉の切れを持って来てくれるし、冬には薪をもって来てくれるので、おかげでわたくしたちは暖をとることが出来たからでございます。
 こうやって泊ったり、睦言《むつごと》を交したりしているうちに、お袋はわたくしに、とても可愛い黒ん坊の赤子を生んでくれました。わたくしはこの子に高い高い《ヽヽヽヽ》をしてやったり、温かくしてやろうとしたものでした。
 ところで今でも覚えておりますが、ある時わたくしの義父の黒ん坊が、赤ん坊とふざけている時、子供はお袋とわたくしは色が白いのに、父親はそうでないということに気がついたので、急にこわくなってお袋のところへ逃げて行き、彼を指さしながら、こう申しました。
「かあちゃん、お化け!」
 すると、彼は笑いながら答えました。「父《てて》なし児め!」と。
 わたくしは、まだほんの子供ではございましたが、わたくしの幼い弟のこの言葉が肝に銘じられて、ひとりごとを申しました。「ただ自分の姿を見ないばかりで、他の者から逃げる奴が、この世の中にはさぞかし大勢いるこったろうよ!」
 ところで、運命とは申しながら、このサイデ、というのが奴の名前でございますが、この男の密通が執事の耳にはいって、探索が行なわれて、馬に食わせるために与えられていた大麦を半分がたくすねているばかりか、その上ふすま《ヽヽヽ》だの、薪だの、馬櫛だの、馬布だの、馬の毛布だの、掛け布だのを、なくなったように見せかけたり、ほかに品物がないと、馬の蹄鉄まではずして、わたくしの幼い弟を育てるために、こういうものを持っては、お袋のところへ通いつめていたことが、発覚してしまったのでございます。なにしろこういう取るに足らぬ奴隷風情《ふぜい》でも、色恋のためにはこれほど大それた勇気を起こすところを見れば、坊さんだの修道士だのという方が、ご自分の女の信徒や、そのほかこれに類した方々を援助しようと、貧乏人からものを取りあげたり、檀家からものを盗んだりなすったにしたところで、驚かないことにいたしたいものでございます。
 それで、わたくしが今申したことどころか、さらに多くのことが明白になりました。それと申すのも、わたくしはみなさんから脅《おど》かされて詰問《きつもん》されましたので、何しろこちらはまだ子供のことですから、こわいばかりに、知っていることは残らず、それこそ、お袋の言いつけで鍛冶屋に売りに行った蹄鉄のことまで、洗いざらいぶちまけて白状に及んだからでございます。
 可愛そうなわたくしの義父は笞《むち》打たれ、油責めの刑に服しますし、お袋はお定まりの百叩きの刑のほかに、先に申しあげた騎士団長のお邸の出入りを差し止められ、気の毒なサイデを家に入れることまかりならぬというお上のお裁きを受けたのでございました。
「鍋を落として綱まで失くす」ことになってはと、お袋は悲しいながらも、気力をふるい立たせて、宣告通りにいたしました。そこで災難を避け、うるさい人の口からのがれようと、その頃ラ・ソラーナという宿屋へ奉公に行きました。そうやって、ここで、数々の苦労をしながら、ようやく弟も歩けるようになり、わたくしもひとかどの少年になって、泊り客の言いつけで、ぶどう酒だのろうそくだの、そのほかいろんな使い走りをしたりするまでに育てあげたのでございました。
 ちょうどその頃、たまたまこの宿に、一人の盲人が投宿にやってまいりまして、これがわたくしを手引きにもってこいと考えて、お袋にわたくしをくれと申しこみますと、お袋も、この子はキリスト教の宣揚のために、ロス・ヘルベス島〔チュニスのガベス湾にある島〕で戦死をとげた、まともな男の息子だという次第を物語り、さらによもや父親に劣るような人間になることはあるまいと、かたく神様に信頼申しあげている、それにこの子は父親のない子なのだから、くれぐれも大切に扱って、何くれと面倒を見てくれるようにと言って、わたくしを彼の手にゆだねたのでございます。
 彼のほうでも、きっとその通りにしよう、それに引きとるにしても、従僕としてではない、実の子供として引き受けようと答えました。で、こういう次第で、わたくしはこのわたくしの新しい、しかも年老いた主人にかしずき、手引き役をつとめることになりました。
 わたくしたちはいく日かサラマンカにいたのですが、どうやら満足のゆくような儲《もう》けもなさそうだったので、わたくしの主人はこの土地を立ち去る決心をいたしました。そして、いよいよ出発しようという時になると、わたくしはお袋に会いに出かけましたが、二人とも涙にくれながらも、お袋はわたくしを祝福してくれて、こう申しました。
「倅《せがれ》や、もう二度と再び、お前には会えないことは、あたしにもようくわかっているんだよ。いいかい、正直な人間になるようにつとめて、そうやって神様に導いていただくのだよ。お前はこれまでわたしが育てて来たのだし、いいご主人を見つけてやったんだ。これからはせいぜい自分の力でやってゆくんだよ」と。
 こうして、わたくしは、わたくしを待っていてくれた主人のところへ帰ってまいりました。
 わたくしたちがサラマンカを出て、ちょうど橋のところへさしかかりますと、その橋の渡り口のところに、どうやら牡牛《おうし》の形をした石の動物像がありました。すると盲《めくら》はわたくしにその動物像のそばへ行けと命じ、わたくしがそこへ行くと、こう申しました。
「おい、ラーサロ、この牛に耳をあててみな、中でどえらい音が聞こえるから」
 そこで、わたくしは、ごく無邪気に、そうかなと思って耳を近づけました。すると、奴はわたくしがいよいよ石のそばに頭を持っていったなと感じとると、手にぐいと力をこめて、その牛の畜生に向かって、わたくしの頭をがあんと一つ、思いきりぶっつけたものです。おかげでそれから三日の上も、その頭突きが痛みつづけたほどでしたが、それでわたくしにこう言ったものです。
「馬鹿野郎、覚えておくがいい。盲の手引き小僧ってものは、悪魔よりかちょっとばかり利口でなくっちゃならんのだぞ」
 そうして、この冗談を大いに笑ったものでございます。
 これまで子供のように眠りこんでいた無邪気さから、わたくしがはじめて目を覚ましたのは、正にあの瞬間だったように、わたくしには思われました。
 そこでわたくしはひそかに、心の中で申しました。
「こいつの言うのは本当のことだ。つまりおれは、目を見開いて、何ごとにもよく気を配っていることだ。何をするにもおれは一人ぼっちなんだからな、だから自分でどうやっていったらよいかも考えることだ」
 それからわたくしたちは旅路にのぼりましたが、そのほんの数日のあいだに、奴はわたくしに、隠語を教えてくれました。そうして、わたくしがなかなか利口なことを知って、ひどく喜んで、こう申しました。
「わしは、金とか銀とかいうものは、お前にやることは出来ないがね、しかし生きるうえに必要な知恵なら、いくらでも貴様に教えてやろう〔新約聖書の使徒行伝、第三章六節の「ペテロいいけるは、金銀はわれになし、ただわれにあるものを汝に与う」を踏まえた皮肉〕」
 これはまったくその通りでございました。この男は神様についでわたくしに生活というものを与えてくれ、盲でありながら、わたくしの目を開いてくれ、人生行路の手引きをしてくれたのですから。

……「第一話 ラーサロが身の上と、何者の子であったかを物語る」より

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