「リア王」

シェイクスピア作/大山俊一訳

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 老いを迎えたリアは三人の娘の「孝行の約束」の言葉によって、領地と権力の移譲をおこなおうとする。上の二人の娘は言葉をつくして父親への愛情を語る。だが、一番下の最愛の娘コーディリアは「親子の定めにしたがって愛します。それ以下でも以上でもありません」と謙虚に述べたことが高慢と受け取られ、領地もわけてもらえず、さびしくフランスへ去る。リアは上の二人の娘に面倒をみてもらうが、しだいに冷たくあしらわれ、ついには荒野をさまようようになる。シェイクスピア四大悲劇中でも最も激越・悲壮な悲劇中の悲劇。
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【リア王】 その間を利用して、予は予の暗黙の意図を明かすこととしよう。
そこの地図を取ってくれ。このとおり、予は予の王国を
三つに分割した。そして予の動かすべからざる確固たる決心は、
すべての煩(わずら)いと仕事をば予の老齢から振り払い、
これを若き力に譲り与え、かくして予は、
肩の重荷を下ろして「死」に匍(は)い寄りたいのじゃ。
予が息子(むすこ)コーンウォル、それに、同じく予が心から愛する息子オールバニ、
予は後日の紛争の種を今取り除いておくために、
予の娘たちそれぞれへの分配財産を公にしておこうという、
断固たる決意をここに致した。フランス王およびバーガンディ公爵は、
共に予の末娘の心を射止めようと競(きそ)い合っているライヴァル同志、
すでに予の宮廷に愛の逗留(とうりゅう)をなすこと久しいが、
ここにその答えも出されよう。娘たち、言ってくれ、
予はここに、国家の主権も、国土の領有権も、
政務の煩いも、すべて予自身から剥(は)ぎ取る所存ゆえ、
そちたちのうちいったい誰が一番予を愛してくれると言い得るか?
親の自然の愛情に、さらに子としての真心が加わっている処(ところ)に、
当然のことながら、予の最大の恵みが拡(ひろ)がることができるように。
ゴナリル わが長女、まず言うがよい。
【ゴナリル】 お父上に対する私の愛情は言葉などでは到底言い表わせません。
物を見る両の眼(まなこ)よりも、広々とした身の自由よりも、もっともっと大切に、
豊かとか珍しいとか、およそ価値づけられる物の比でもなく、
素質、健康、美貌(びぼう)、名誉に恵まれた人生にいささかも劣ることもなく、
かつて子が見せた、父親が見出(い)だしたどんな愛情にもいや増して、
息(いき)の根も、言(こと)の葉も、すべて言い表わすことのできないような愛情で、
すべてありとあらゆるものの比較を越えて、私はお父上を愛します。
【コーディリア】 〔傍白〕どう言ったらよいのか? ただ愛するだけ、あとは黙ってなさい。
【リア王】 この全境界線のうち、まさにこの先よりこれまで、
欝蒼(うっそう)としてほの暗い影を落とす森あり、地味肥えた沃野あり、
水量豊かに流れる河あり、囲い広き牧草地あり、
そちをこの地域の領主とする。そちとオールバニの子孫に、
これを永遠に与えることとする。予の二番目の娘、
コーンウォルの妻、予が最も愛するリーガンはどう言ってくれるか?
【リーガン】 私も私の姉と地金はまったく同じものでございますから、
値打ちも姉と同じものと考えます。真心こめて申し上げますが、
姉はお父上に対する私の愛の真実を、まさにそのまま言い表わしております。
ただ、あれではまだ言葉が足りません。私はあえて申しますが、
いかに繊細な感覚の尺度を以(もっ)てしても喜びと認めないわけにはゆかないような、
そのような真実の喜びも私自身にとりましては皆憎い敵であります。
私はお父上陛下を愛し奉ることにおいてのみ、ただそれだけに
至上の幸福を感じております。
【コーディリア】 〔傍白〕次は可哀相なコーディリア! でも、そうでもない。お父上に対する私の愛の真心は、
私が舌先で言い表わせるよりずっと比重が重いにきまっているのだから。
【リア王】 そち並びにそちの子孫が永久に相続するものとして、
予の麗(うるわ)しの王国の、この広大な三分の一の領域がある。
広さにおいても、価値においても、またその楽しみにおいても、
ゴナリルに与えたものに些(いささ)かも劣る処はない。さてコーディリア、予の喜びよ、
予の一番末の、一番小さい娘ながら。その若い愛を求めて、
フランスの葡萄(ぶどう)とバーガンディのミルクとが、
何かと関心を得ようと競(せ)り合っている。君はどう言ってくれるかね、
姉たちのよりずっと裕福な残り三分の一を引き当てるために? さ、言いなさい。
【コーディリア】 何もございませんお父上。

(第一幕第二場より)


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