レンズマン・シリーズ 1

「銀河パトロール隊」

E・E・スミス/小西宏訳

ドットブック版 324KB/テキストファイル 265KB

700円

銀河文明の擁護者であり大宇宙の警察である銀河パトロール隊の精鋭「レンズマン」。彼らは超高速無慣性飛行を駆使して、強敵宇宙海賊ボスコーンを捜して、銀河系から銀河系へと移動する。隊長は、英雄キニスン中尉! ボスコーンとは人間なのか、異生物なのか。海賊を追うレンズマンのまえに、デルゴン惑星の怪獣、車輪人間が立ちふさがる。レンズマン危うし! スペース・オペラの傑作中の傑作、堂々の登場!

E・E・スミス(1890〜1965)アメリカ・ウィスコンシン州生まれ。博士号を得ているため、E・E・《ドック》スミスと呼ばれるSF界の巨匠。「スカイラーク・シリーズ」で名を馳せ、金字塔「レンズマン・シリーズ」(全6巻)を雄大な構想のもとに完成させ、シリアスなハードSFの先駆者となった。

立ち読みフロア

 六月の朝の陽光を浴びて、燦然(さんぜん)と輝くクロームとガラスの殿堂(でんどう)。その九十階の建物は、眼下に二百平方マイルの敷地を見おろしてそそり立っていた。敷地内には、練兵場、空港、そして宇宙空港。この建物こそは、伝統を誇るウェントワース・ホールで、銀河パトロール隊の精鋭、レンズ部隊への編入を目指して訓練を受ける地球人候補生たちが、生活し活動している場所である。最上階の一翼では、いままさに大波のような緊張感がもりあがっていた。この一翼で起居(ききょ)をともにした第五クラスが、五年間の課程を終えて、きょう晴れの卒業式を迎えるからだ。数分後に、彼らは、Aという名の一室に出頭(しゅっとう)することになっていた。
 A室とは、司令官の私室だったが、むしろ恐ろしい巣窟(そうくつ)と呼ばれてしかるべきものだった。候補生がそこに出頭を命ぜられることの意味は、ただ一つしかない。それは、彼が、このホールから、したがって候補生部隊から、消え去ることを意味していた。年々、一握りの卒業生が、その中にはいり、ある微妙な変化を受けてふたたびその部屋を出てくるのだった。
 各自にあてられた鋼鉄(こうてつ)の小部屋で、第五クラス生たちは、お互いに精密な予備点検を行なった。パトロールの制服、すなわちスペース・ブラックと銀色の正装には、一点のしわもしみも許されない。カラーにつけた金色に輝く流星や、ぴかぴかに磨きあげた光線ピストルや、ベルトに付属した備品にも、いいさかのよごれや曇りがあってはならない。やがて、顕微鏡的相互点検は終了した。備品箱はきちんと口をしめられた。そして完成間近いレンズマンたちは、講堂のほうへ出ていった。
 士官控室では、首席総代のキムボール・キニスン中尉を中心に、他の三人の中尉たち、クリフォード・メートランド、ラウール・ラフォルジュ、ヴィデル・ホルムベルグが、互いにこまかい点検を終わって、ますます高まる緊張の中で、ゼロ・アワーを待っていた。
「いいか、みんな、例の落下(ドロップ)に気をつけてくれ」若い中尉はいった。「われわれはこれまで、どのクラスがやったよりも速いスピードで、また、しっかりした隊形で、縦穴の自由落下を行なうのだ。もし誰かひとりでも、隊形を乱すと――いや、そんなことは、あってはならない。われわれの壮途(そうと)であり、隊の全員が注目しているのだ……」
「落下のことなら、心配無用だよ、キム」メートランドがなだめた。「三小隊とも、時計のように正確にやってのけるさ。それより、ぼくが、がたがたふるえるほど気にかかるのは、A室でいったいなにが起こるか、ということだ」
「う、うん、そのとおりだ!」ラフォルジュとホルムベルグが同時に叫んだ。キニスンもうなずく。
「諸君は、きっと堂々とやれる。全クラスの目の前でね。よし、もうすぐわかるだろう――さあ、出かけよう」
 こうして、四人の士官たちは講堂に向かった。同期生たちは、彼らが近づくのを見て、さっと不動の姿勢をとった。
 いまや機敏そのもののキニスン隊長は、数学的正確さで整列した列に目をそそいでいった。
「報告!」
「第五クラス、全員集合終わり!」准尉(じゅんい)がベルトの飾りボタンに手をふれた。とたんに、巨大なウェントワース・ホール全体が、宇宙にみなぎれとばかりの、軽快(けいかい)な、魂(たましい)をゆさぶるメロディーの衝撃に振動した。世界最高の軍楽隊が《われわれのパトロール隊》を演奏しはじめたのだ。
「小隊左、進め!」もちろん、ホールをゆるがす大音響の中では、どんな人間の声だって聞きとれるはずはなかった。それに、号令をかけるキニスンの口もとも、ほとんど動くか動かない程度だった。しかし、彼の命令は、命令を伝えようとする相手には――その相手にだけは――はっきりと骨のずいまでも伝達された。これは、彼らが胸につけているタイト・ビーム超通信器の働きによるものである。「間隔(かんかく)つめ、前へ、進め!」
 五列縦隊はみごとな直線をなし、一糸(いっし)乱れぬ歩調(ほちょう)を保ちながら、集会室を出た。行く手には、縦穴が口を開いて彼らを待っていた。広さ約二十フィート平方ばかりの垂直の縦穴が、建物の土台からホールの屋根まで突きぬけて通っていた。なんの障害物もない一千フィート以上の空間である。それはいま、まばゆい赤色灯によって、いっさいの交通を遮断(しゃだん)されていた。五人の靴の、五つの左のかかとが鋭く鳴って、同時に恐ろしい奈落(ならく)のふちをけった。五つの右足が、空間にのり出した。五つの右手が、ベルトにかかった。そして、五つのからだは、正しく直立の姿勢をとったまま矢のように落下していった。馴(な)れぬ者の目には、不意に消滅(しょうめつ)したかと思われるほどの、驚くべき速度である。
 十分の六秒後、軽快な行進曲のリズムにのって、十個のかかとが、ウェントワース・ホールの一階の床をうった。しかも、物音ひとつしなかった。衝撃の瞬間、彼らは秒速約二千フィートという速度で落下していったのだったが、彼ら五人の頑強(がんきょう)なからだは超高速運動の状態から、たちどころに、衝撃もなく抵抗もなく、静止の状態へと移っていった。というのは、この落下が慣性の完全な中立化、つまり宇宙用語でいう《自由》の条件下で行なわれたからだ。慣性は回復し、軍楽隊の演奏と完全に調子を合わせてふたたび行進がはじまった――というより行進が続行された。五つの左足がおどり出て、右のつま先が床(ゆか)を離れるやいなや、第二列の者は、きわめてわずかの間隔で、第一列の者が踏んでいた空間を確保していく。
 一列また一列と、機械のような正確さで、歩(ほ)を進めていった。候補生たちが近づくと、A室の恐ろしいドアが自動的に開き、彼らを入れて、また、しまった。
「縦隊右、進め!」キニスンは、無声の声で命令した。クラスは時計のような正確さでそれに答えた。「縦隊左、進め!」「分隊右、進め!」「全体、止まれ! 敬礼(けいれい)」
 なに一つ家具のない、巨大な四角い部屋で、クラスは一列横隊で鬼面(きめん)の男に向かい合った――候補生の司令官、フリッツ・フォン・ホーヘンドルフ中将である。やかまし屋、暴君、独裁者――要するに彼は、この組織全体の中にあって、情(なさけ)無用の人間の典型として知られていた。部下の前で感動や感情をあらわにすることは絶無といってよく、地球の歴史はじまって以来の、もっとも容赦(ようしゃ)ない訓練屋(くんれんや)といわれることを誇りとする人物であるかのようだった。彼のこわい白髪は、荒々しくかきあげられ、高くもりあがっている。左の目は義眼(ぎがん)で、顔には一ダースもの小さな糸状の傷あとがあった。これは、この時代の驚嘆(きょうたん)すべきプラスチック応用外科手術でさえも、完全になおすことのできなかった宇宙戦での負傷のあとだった。右脚と左腕もまた外見上はほとんど正常だが、実際には生来のものではなく、大部分が発達した応用医学の産物だった。
 キニスンはこの半分機械製の上官に向き合うと、きびきび敬礼していった。
「閣下、第五クラス、出頭いたしました」
「よし、諸君、位置につきたまえ」老将は厳格に挨拶を返した。そのあいだに半円形の机が床(ゆか)からせり上がってきて、彼らをかこんだ。この机のもっとも目だつ特徴は、スプリント状の中空の物体を囲んだ複雑な機械装置だった。
「一番、キムボール・キニスン!」と、フォン・ホーヘンドルフは吠(ほ)えた。「前列、中央へ――進め!……宣誓(せんせい)を」
「全能の神かけて、わたしは銀河パトロール隊の名声をけっしてはずかしめないことを誓います」キニスンは敬虔(けいけん)にいった。そして、片腕をむきだして、中空の物体の中へさしこんだ。
 司令官は「No・1、キムボール・キニスン」とレッテルのある小さな引出しから、一見ブローチのようなものをとりだした。それは、何百もの小さな純白の宝石をちりばめた一つのレンズ状のバッジだった。司令官は、絶縁ピンセットでそれをとりあげると、目の前の若々しいあかがね色の肌に、わずかにふれた。その一瞬の接触と同時に、電光のように、多彩(たさい)の火が宝石の上を走った。彼は満足そうに、このバッジを機械の中の、そのために用意された凹(くぼ)みに落とした。機械は、ただちに作用を開始した。
 二の腕は、厚い絶縁体でつつまれ、型と枠(わく)が定位置におかれるとそこに、瞬間的に凝縮(ぎょうしゅく)された白熱(はくねつ)の閃光(せんこう)がきらめいた。やがて、型がはずされ、絶縁体がとり去られると、そこに、《レンズ》が現われた。レンズは、ほとんどこわれることのない不滅の金属の腕輪(うでわ)に埋めこまれて、キニスンのあかがね色の腕にはまり、しっとりとした光で輝いていた――それはもはや、白々と生気のない宝石のかけらではなく、流れるように輝くレンズ状の光の塊りだった。それは、立ち会った者のすべての目に、たえず変化する炎の輝きで、《銀河パトロール隊》レンズマンの誕生を告げていた。

……巻頭より

購入手続きへ    


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***