レンズマン・シリーズ 6

「三惑星連合軍」

E・E・スミス/小西宏訳

ドットブック版 315KB/テキストファイル 257KB

700円

全6巻完結! 消えたアトランティス大陸、ローマ帝国の滅亡、二度の世界大戦の勃発、その後の水爆戦争も、すべては宇宙を支配する二大勢力アリシア人とエッドール人の戦いが地球におよんだ結果だった。しかし地球上には将来、レンズマンとなって銀河パトロール隊を組織するキニスン家の血統が絶えることなくつづいていたのである。全巻を俯瞰するレンズマン前史!

E・E・スミス(1890〜1965) アメリカ・ウィスコンシン州生まれ。博士号を得ているため、E・E・《ドック》スミスと呼ばれるSF界の巨匠。「スカイラーク・シリーズ」で名を馳せ、金字塔「レンズマン・シリーズ」(全6巻)を雄大な構想のもとに完成させ、シリアスなハードSFの先駆者となった。

立ち読みフロア

 二十億年ほどまえ、二つの銀河系が衝突(しょうとつ)した、というより、相互(そうご)にすれちがった。二、三億年の誤差(ごさ)は問題ではない。このすれちがいには、少なくともそれくらいの時間がかかったからである。ほぼ同じ時期に――誤差の限界は、プラス・マイナス十パーセント以内と信ぜられる――両銀河系内のほとんどすべての太陽が、惑星を持つにいたった。
 これほど多くの惑星が、二つの銀河系のすれちがいとほぼ同時に発生したのが偶然(ぐうぜん)ではないという判断には、これを裏付ける多くの証拠(しょうこ)がある。いっぽう、それがまったくの偶然だとする意見もある。すべての太陽は、まるで猫が子猫を持っているように、必然的に惑星を持っているというのである。
 いずれにせよ、アリシア人の記録が明確に指摘するところによれば、二つの銀河系がすれちがうまでは、どちらの銀河系にも、三つ以上の太陽系はなかった。原則として一つしかなかった、ということになっている。したがって、アリシア人が誕生した惑星の太陽が、古くなって冷却(れいきゃく)しはじめると、アリシア人はその文化を維持するために苦境(くきょう)に立たされた。彼らは、惑星を古い太陽から新しい太陽に移転させるという技術的な問題を、期限つきで解決しなければならなかったからである。
 エッドール人が、他の存在次元に移動しなければならなかったとき、物質的要素は破壊されなかったから、彼らの歴史的記録もまた残存(ざんそん)した。これらの記録は――エッドールの有害な大気に対してでさえ無限に対抗できるプラチナ合金製の書物、テープ・レコードだったが――この点については、アリシア人の記録と一致(いっち)している。二つの銀河系の合体(がったい)がはじまる直前には、第二銀河系の中には、太陽系が一つしかなかった。そしてエッドール人が進出するまでは、第二銀河系には、知的生物がまったくいなかった。
 こうして何億年ものあいだ、一つの銀河系のみならずおそらく全時空体系を通じて、それぞれただ一種の知的生物である二つの種族は、おたがいに相手の存在をまったく知らなかった。両種族とも、銀河系がすれちがったときには、すでに長い歴史を持っていた。しかし、その他の点では、両種族の共通点は、どちらも精神能力をそなえているということだけだった。
 アリシアは、地殻構造、大気、気候などが地球に似ていたので、アリシア人は当時から地球人に酷似していた。しかし、エッドール人はそうではなかった。エッドールは巨大で比重が重く、液相(えきそう)は有害でどろどろしており、大気は有害で侵蝕性(しんしょくせい)だった。エッドールは、すこぶる特異だった。両銀河系内のどんな惑星ともまったく異質だったから、この惑星が通常の時空体系から発生したものではなく、ある別種のきわめて奇異(きい)な時空体系からきたという事実が、惑星自身の記録によって判明するまでは、その存在自体が不可解だった。
 惑星が異なると同様に、住民も異なっていた。アリシア人は、一般の知的生物と同様、野蛮の段階から文明を発達させていった。石器時代、銅器時代、鉄器時代、鋼鉄の時代、電気の時代。事実、アリシア人がこのような文明の諸過程を経過したからこそ、その後に発生したすべての惑星文明も、同様の過程を経過したということがいえるだろう。なぜなら、会合した両銀河系の惑星の冷却しつつある表面に発生した生命の胞子(ほうし)の起源は、アリシア人であって、エッドール人ではなかったからである。エッドール人の胞子も存在していたことは疑いないが、あまりにも異質なので、それらの惑星の環境の中でも発達しえなかった。各惑星の環境は、多種多様ではあったが、正常な時空体系の中でも自然に存在し、または発生したものだったからである。
 アリシア人は――とくに、原子力エネルギーの利用によって、肉体的労働から解放されてのちは――心のもつ無限の可能性を探求することに、いよいよ熱中するようになった。
 そういうわけで、両銀河系の会合を予知するためにさえ、アリシア人は宇宙船や望遠鏡を必要としなかった。彼らは、星のレンズ状集合体が、自分たちの銀河系に接近してくるのを、心力だけで観察していた。この星雲は、ずっとのちになって、地球人天文学者から、ランドマーク星雲と呼ばれるようになったものだった。彼らは、数学的に不可能に近い天文学的事件が起こるのを、注意深く精細(せいさい)に観測し、大きな知的喜びを感じていた。二つの銀河系が赤道面において正面から衝突し、完全に交差するという可能性は、数学的に見てさえ、ほとんどゼロと区別しえないほど小さいものだったからである。
 彼らは、無数の惑星の誕生を観察し、そこに起こったあらゆる現象を、その完全な記憶力によって精密に記憶した。のちになって、彼ら、または彼らの子孫が、当時は不可解だった諸現象を説明しうるような記号学や方法論を開発できることを期待したのである。アリシア人の知性は、自由に、そして熱心に、全宇宙を彷徨(ほうこう)した――そしてついに、その一つが、エッドール人の心に接触した。


……冒頭より

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