「燈台へ」

ヴァージニア・ウルフ/中村佐喜子訳

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600円

決してとらえることのできない、とらえたかと思う瞬時に、逃げ去る幻影《ヴィジョン》。『燈台へ』の作中人物は、それを追いつづける。それは一編の悲劇であり、哀歌であるにもかかわらず、明るさと救いが与えられる。「生は、意識をもったその最初から終局に至るまで、われわれをとり巻いている半透明な《かさ》、燦然と輝く光彩《リューミナス・ヘイロウ》である。この定まらぬ、未知の、とらえがたい《スピリット》を書きあらわすことが、小説家の仕事ではないだろうか?」ウルフはこう書いた。『ダロウェイ夫人』『波』と並ぶウルフの代表作。

ヴァージニア・ウルフ(1882〜1941) ロンドン生まれの作家、批評家。「意識の流れ」を重んじる新しい文学の試みに果敢に挑戦、「ダロウェイ夫人」「燈台へ」「波」でそれを完成させた。彼女の自宅は作家のE・M・フォスター、経済学者ケインズをはじめ当時の著名な作家・学者・芸術家のつどう場の一つとなり、彼らはブルームズベリ・グループと呼ばれた。

立ち読みフロア

「ええ、もちろんよ、あしたお天気さえよければね」と、ラムジー夫人が言った。「でも、そうすると、あなたはひばりと一緒に起きなきゃならないのよ」とつけ足した。
 この言葉が子供には、息づまるような喜びをあたえた、もう遠足がまちがいなく実行されると思いこむほどに。もう長年という気がする位、待ちに待った素晴しいことが、暗い夜を今晩一つすごして、あと一日の船に乗りさえすれば、すぐ手のとどくところにあるのだ。ジェームズ・ラムジーは、まだ六つだけれども、生れのよい一連の人々にあるように、いろんな感情を分離させることができず、その先に予想する喜びや悲しみによって、現実の身近かな事どもがすべて左右されるたちであり、またそんな人々にあっては、ほんの幼い時から、めまぐるしく感じる刺激の車輪の廻転につれて、暗鬱であったり光輝にみちたりするその瞬間を、結晶させ固定させてしまう力を持つものである。だから、いま床《ゆか》にすわって、陸海軍ストアのカタログから絵を切りぬいていたジェームズは、母のその言葉をきくと、冷蔵庫の絵を、心をこめて祝福したのであった。それは喜びにふちどられた。手押しの一輪車、芝刈機、ポプラのそよぎ、雨の前の、色あせた木の葉、ミヤマガラスの鳴き声、箒《ほうき》の音、衣ずれの音、――すべてのものが、心の中であまり色あざやかにはっきりしてきたので、すでに彼は、自分だけの秘密の言葉になっている暗号で、ひそかにつぶやきはじめていた。それでも、打ち見たところは、その秀でた額と、清浄にすんだ、はげしい青い眼をして、人間の弱点をかこち顔にちょっと眉根をよせ、強情無比なけわしさを示していたので、冷蔵庫のまわりを正確に切るようにと彼の鋏《はさみ》を見まもっていた母は、イギリス高等裁判所の裁判官を連想したり、また何か国民的危機にのぞんでの、厳粛かつ重大な計画の指導者のようだと思ったりした。
「しかし」と、客間の窓の前に来て立ちどまった父が言った。「天気は、まず駄目だよ」
 もし、この父の胸に一撃をあたえて殺すことのできる、手斧なり、火掻きなり、なにかそんな武器があったら、とたんにジェームズは手をかけたことだろう。ラムジー氏とは、そこにいるだけで、子供たちの心にそれほどにも激昂をよび起こす人物であった。今立っている通り、刃物のように痩せ、その刃のように尖り、そうして皮肉な笑いをうかべながら立っているというだけで。彼は、息子をがっかりさせたり、彼自身よりあらゆる点で何層倍もすぐれている妻(と、ジェームズは思っている)を愚弄したりして喜ぶだけでなく、自分の判断の正確さを誇りたい気持なのであった。
 彼は真実であることしか言わない。つねに真実だけだ。真実でないものには容赦できない。事実はあくまで事実であり、人間どもの喜びや方便のために、いくら不愉快な言葉でも、ひと言も改めることはならなかった。とりわけ、自分の子供たちに対してそうであった、彼の腰より出でた〔聖書の創世紀、列王等で使われている言葉〕子供たちは、幼時より人生の難しさを知るべきであるから。事実は厳然たるもの、それに、かの物語的な土地へ行く途中の船路だ、そこでわれわれの輝かしい希望は絶やされ、われわれのはかない叫びは暗黒の中に沈む、(ここでラムジー氏は背をのばして、水平線上へ、小さい青い目を細めるようにした)とりわけ、勇気と真実と、忍耐力とを必要とする場合なのだ。
「でも、お天気かもしれませんわ、――私は、お天気のような気がするのですけど」ラムジー夫人はいらいらして、編みかけている赤茶色の靴下をちょっとねじくりながら、そう言った。今夜これを編みあげ、そしてもし、みんなで燈台へ行けたらであるが、これを燈台守の小さな男の子にやるのであった。その子は結核性の腰部関節炎をわずらっていた。これと一緒に、古雑誌の一束と、タバコと、それから、この部屋の中にちらばっていて特に必要でないものは、なんでもみんなあの気の毒な人たちに上げることにしましょう、なにかの慰みにはなるでしょうよ。一日中ただランプをみがき、その芯《しん》をととのえ、猫のひたいほどの庭をすみずみまで掃除している他には、することもなく、死ぬほど飽きあきしてなければならない人たちですもの。ひと交替に、ひと月まるまるとじこめられているなんて、あなたは面白いと思って? 嵐にでもなれば、テニスコートくらいの大きさの岩の上に、もっと長くもなるのよ? と、夫人は誰かにたずねたかった。手紙も来ないし、新聞もないし、誰に逢うということもなしに。家庭を持った人なら、その間は妻の顔も見られないし、子供たちの様子を知ることもできないで、――子供たちは病気していないだろうか、高い所から落ちて、脚や手を折っていないだろうか。来る日も来る日も、くだけ散る陰鬱な波ばかり。と、すさまじい嵐がやって来る、しぶきが窓々をおそい、鳥がランプめがけて突き当り、塔全体が震動し、そうして、今にも海に呑みこまれそうで、ドアの外へは鼻先を出すこともできない、それでも好きになれると思って? と彼女は、特に娘たちに向って言ってみた。だからみんなはできるだけのことをして、慰めてあげなきゃいけないのよ、と、やや調子をかえてつけ加えた。
「風は真西ですね」と、無神論者のタンズリーが、骨っぽい手指をひらいて、その間から風を吹き通させながら、言った。彼は、ラムジー氏の午後の散歩のお相伴で、高台《テラス》の上を登ったり降りたり、登ったり降りたりしているところであった。つまり風向きが、燈台の島へあがるためには、一番悪いということであった。そう、あのひとはわざと厭がらせを言うんだわ、とラムジー夫人は気づいた。そんなことをくり返していっそうジェームズをがっかりさせようなんて、いやな男。だがその一方夫人は、子供たちに彼を嘲笑させないようにしなければならぬと考えた。「無神論者」と子供たちは、彼を呼んでいた、「ちびの無神論者」と。ローズが彼を軽蔑した。プルーも彼を軽蔑した。アンドルーも、ジェスパーも、ロージャーも、彼を軽蔑した。歯の一本もない老犬バッジャーでさえ、彼をきらって噛みついた。と言うのは、(ナンシーが言うことには)誰も来ない方がよっぽどいい時に、このヘブリデーズまでこの一家を追ってくる人々の、彼は百十番目だったから。
「よけいなことを言うものじゃありません」とラムジー夫人はきびしく言った。夫人に似た子供たちの誇張癖、また誰かを町に泊まらせねばならぬほど夫人がお客をひきとめるのに対してのあてこすり、(それはたしかにあった)は別として、とにかくお客へ無礼にすることは、夫人には我慢ならなかったのだ。殊に教会のねずみみたいに貧乏をしている青年たちで、夫も崇拝し、夫の方でも『すばらしく有能だ』と言っている連中が、休暇でここに来る時はそうであった。実際に夫人は、異性を誰でも自分の庇護のもとに置くのである。理由は自分でよく分らないが、それは彼らの騎士道精神や剛毅さのためであり、彼らが条約の交渉をし、インドを統治し、財政を調整するという事実のためであり、さらには、青年たちの自分に対する態度、つまり言えば、年配の婦人が、威厳を失うことなしに若い男たちから得ることのできる、しかも女としては誰にかぎらず快く感じずにはいられない、あのどこか信頼にみちた、子供っぽくて敬虔な態度、のためなのであった。その尊さを、そしてその中にふくまれるすべてのものを、骨の髄まで感じることのないような女には、呪いあれ!――願わくば私の娘たちには一人もいませんように!
 夫人は重々しくナンシーをふりかえった。あの方は、私たちを追って来たのじゃありませんよ、と彼女は言った、こちらからお呼びしたのですよ。

……巻頭より


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