「リラの森」

セギュール夫人/江口清訳

ドットブック 210KB/テキストファイル 111KB

500円

フランスのセギュール夫人がカラレ家の自分の孫たちのために書いた童話集「新仙女物語」から、5編を選んで訳した選集。夫人は宮廷文学の伝統をひく子どもの文学をつくった人として知られ、その童話は今日でも出版されつづけ、依然として根強い人気を保っている。

セギュール夫人(1799〜1874)ロシアのサンクトペテルブルグ生まれ。ナポレオンを背走させたロストプシーン将軍の娘。一家はのちフランスに移り住み、彼女はフランスの名門貴族と結婚して、ソフィー・ド・セギュール伯爵夫人となった。一生をノルマンディで過ごし、訪れた孫たちにお話を聞かせるのが楽しみとなり、これが有名な童話作家になるきっかけとなった。他の代表作には「ろば物語」「ひとのいい小悪魔」などがある。

立ち読みフロア

 むかし、ベナンという王さまが、いました。いい王さまでしたから、みんなに愛されました。でも、正しい人でしたから、わるものたちは、この王さまをおそれていました。
 王妃のドゥセットも、王さまと同じように、いいかたでした。ふたりには、ブロンディーヌという、まだ小さいおひめさまがいました。かみがブロンドなので、ブロンディーヌとよばれていたのです。両親に似(に)て、心のやさしい、うつくしい子でした。
 ところが不幸なことに、王妃は、ブロンディーヌが生まれると数か月のちに、なくなってしまいました。王さまは、長いあいだ、たいへん悲しみました。ブロンディーヌはまだ小さかったので、おかあさんがなくなったことを、はっきりわかりませんでした。ですから泣きもしないで、笑いながらあそんだり、お乳をのんだり、やすらかにねむることができました。
 王さまはブロンディーヌを、たいへんかわいがっていました。ブロンディーヌも、この世でだれよりも、王さまが好きでした。王さまは、たいへんきれいなおもちゃや、とてもおいしいボンボンや、味のいい果物(くだもの)を、ブロンディーヌにあたえました。ブロンディーヌは、たいへんしあわせでしだ。
 ある日のこと、ベナンの王さまは、家来(けらい)たちがみんなして、王さまがあとつぎの王子をもつために、もういちど結婚してほしいといっているということを、聞きました。王さまは、はじめのうちは、ことわっていました。でも、とうとう家来たちの願いに負けてしまって、大臣のレジェールに、いいました。
「みんなは、わしの再婚をのぞんでいる。わしはまだ、あのかわいそうなドゥセットの死を悲しく思っているので、じぶんでべつの女をさがす気には、なれない。それで、おまえにまかすから、かわいそうなブロンディーヌを幸福にしてくれるような王女をさがしてきてくれないか。これと思ういい女の人がみつかったら、結婚の申しこみをして、つれてきてくれないか」
 レジェールはすぐに出発して、あらゆる王さまをおたずねし、たくさんの王女に会いました。きりょうがわるかったり、せむしだったり、いじわるそうだったりして、なかなかいい人はいませんでしたが、チュルビュラン王さまのところに行ったら、そのひとりの娘が、きれいで、りこうそうで、かわいらしく、また善良そうに見えましたので、あまりくわしくしらべずに、ベナン王のために結婚を申しこみました。
 チュルビュラン王は、この王女がわるい性質で、やきもちやきで、こうまんちきで、そのうえ旅行や、かりや、けいばが大好きで、困っていましたので、やっかいばらいができると大よろこびで、すぐに承諾(しょうだく)しました。
 レジェールは、フルベッド王女と、衣しょうや宝石(ほうせき)をつんだ四千頭のラバをつれて、出発しました。
 ベナン王の宮殿につきますと、飛脚(ひきゃく)によって到着(とうちゃく)するのを知っていた王さまは、フルベット王女をむかえに出ました。王さまは王女を、うつくしいと思いました。でも、かわいそうなドゥセット王妃の、やさしくて善良なようすは、まるでありませんでした! フルベットがブロンディーヌを見たときの目つきがあまりいじわるそうだったので、まだ三つだったブロンディーヌは、泣きだしてしまいました。
「どうしたんだい? いつもやさしくて、おりこうなブロンディーヌが、わるい子みたいに、どうして泣いたりするの?」と、王さまがききました。
 ブロンディーヌは、王さまの腕のなかにからだをかくして、さけびました。
「パパ、あたしのパパ、あたしをこの王女さまにやってはいや。とてもこわいの。いじわるそうなんだもの!」

……「リラの森」冒頭より


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