「毒」

ドロシー・セイヤーズ/井上一夫訳

ドットブック版 205KB/テキストファイル 189KB

500円

女流作家ハリエット・ヴェーンは同棲していた新鋭作家ボイスを毒殺した罪に問われる。状況証拠はヴェーンに圧倒的に不利だった。だが、その裁判を傍聴したウィムジー卿は、無罪を確信する。陪審の意見は最終的な一致を見出すことができずに終わり、卿は勇躍、事件の解明に乗り出す。ウィムジー卿シリーズ第2弾!

ドロシー・セイヤーズ(1893〜1957)英国を代表する女流ミステリ作家で、黄金時代にはクリスティと人気を二分した。東部イングランドの沼沢地で育ち、オックスフォード大学では中世文学を専攻した。卒業後の数年間はロンドンの広告会社でコピーライターをしていたが、23年に「ピーター卿乗り出す」でミステリ作家としてデビュー。以後、この処女作に登場するピーター・ウィムジー卿を主人公にして、ほとんどの長篇と短篇を書いた。代表作「ナイン・テイラーズ」「毒」「死体を探せ」「大学祭の夜」など。しかし1940年にはミステリから手を引き、ダンテの「神曲」の翻訳に従事したが、「地獄編」「煉獄編」と完成し、「天国編」を途中まで完成した時点で心臓麻痺で死亡した。きわめて優れた、ミステリのアンソロジー編者としても知られている。

立ち読みフロア

 判事の机の上には深紅のバラがあった。それは血のしみのように見えた。
 判事は老人で、それも、歳月とか変化とか死を超越しているような年よりだった。そのオウムのような顔やオウムのような声は、じじむさく血管の浮き出た手と同様に、全く干からびている。彼の緋(ひ)の法服は、深紅のバラとひどくちぐはぐな感じを与えるのだった。ここ三日間、この蒸し暑い法廷に出ていたのだが、彼は少しも疲れた様子を見せなかった。
 書類をきちんとした束にまとめると、彼はもう被告の方には目もやらず、陪審員の方に向った。被告はそれでも、判事を見つめていた。その目は、太くまっ直ぐな眉毛の下に、暗くにじんだしみのようで、不安も希望も現れていなかった。一同は判事の総括弁論を待った。
「陪審員諸君……」
 老判事は根気のよい目つきで、彼らをじろじろと見わたし、陪審員全体としての知識程度を値踏みした。三人の立派な商人。一人は背の高い議論好きの男であり、体格のいいだらりとした口ひげをつけている、迷惑そうな様子の男と、ひどく風邪をひいて弱っている男がいた。大会社の専務だという男は、貴重な時間を無駄にされはしないかと心配そうな顔をしている。酒場のおやじだという男だけ一人この場の空気にそぐわないくらい楽しそうな様子をしていた。二人の比較的若い労働者階級の男、かつては名のある人間だったらしい教養のありそうな何者とも知れぬ年をとった男、小さなあごを赤いひげでかくしている画家などもいた。三人の女は、年とったオールド・ミスと、菓子屋をやっている押出しのいいやり手らしい女、それに世帯やつれした人妻で子供もいるらしく、空けてきた家のことばかり考えているような女だった。
「陪審員諸君。この甚だ難しい事件において諸賢は多大なる忍耐と関心をもって証言を聞いてこられました。ここで本官は、諸賢の評決に役立てるため、学識ある検事総長と、同じく学識ある弁護団がこれまで諸賢の前に提出された、諸事実並びに論告を吟味し、できるだけ明白に秩序立てる義務を感ずるものであります。
 しかしながら、それに先立って本官は評決自体に関して一言申さなければなりますまい。ご存じのことと思いますが英国の国法の根本方針と致しまして、すべて被告は、有罪であることを証明されるか、あるいは証明されるまでは、無罪の人間として扱われることになっております。被告である彼、あるいは彼女にとって、無罪であることを証明する必要はないのであります。被告が有罪であることを立証するのは検事の義務であり、陪審員諸賢は、検事が合理的疑いの余地なく立証した事実に満足されない限り、被告に『無罪』の裁決を下さねばならないのであります。つまり、『無罪』とは、被告自らが証明するものではなく、検事が、被告が有罪であるという確信を諸賢の心に与えられなかったということを意味するわけであります」
 サルコム・ハーディはうるんだ菫(すみれ)色の目をちらっと報告書から上げて、紙切れにちょっと走り書きをして、ワフルス・ニュートンの方に押しやった――《判事は敵意をもってる》。ワフルスはうなずいた。二人は前からこの血なまぐさい事件を追っている新聞記者だった。
 判事は金切り声で言葉をつづけていた。
「諸賢はこの『合理的疑い』という言葉の正確な意味をお聞きになりたいだろうと思います。この言葉は、日常生活において、普通の出来事に際し諸賢が抱かれる『疑い』と全く同じ意味しかもっておりません。本件が殺人事件であり、従って諸賢が、かかる場合のこの言葉の意味はもっと多くのものをもっていると考えられるのは当然であります。しかし、そうではありません。この一見平明にして単純な事件に対し、諸賢が突飛な解決を考案しなければならないということではありません。よく眠れない夜の暁方などに私たちを悩ます悪夢の疑惑のようなものではありません。それはただ、証言を、売り買いのときのような単純なことがら――普通の取引きのように吟味しなければならないということです。もちろん、諸賢は被告に同情しすぎてもいけませんが、極めて慎重な吟味をすることなしに、有罪であるとの証言を受け入れることも避けねばなりません。
 諸賢が国家に対する義務として負わされました、この重責に対し、あまり重圧を感じすぎないよう、これだけのことを申し上げましたら、本官はここで、これまでに聞いた弁論をできうる限り分りよく整理してみようと思います。
 本件は検事側によると、被告ハリエット・ヴェーンがフィリップ・ボイスを砒素(ひそ)により毒殺したというのであります。ジェームズ・ルボック卿やその他の医師の死因に関する証言を繰り返して時間をつぶす必要はないと思います。検事側は被害者は砒素の中毒で死んだと言い、弁護側もそれには反対は致しておりません。従って、被害者の死が砒素によることは明白であり、諸賢はこれを事実として受け入れねばなりません。そこで、諸賢に残された唯一の問題は、被告が殺人の目的で故意に砒素を被害者に飲ませたか、どうかということであります。
 故フィリップ・ボイスはお聞きの通り作家でありました。三十六歳で、五冊の小説と沢山の評論、随筆を発表しております。これらの作品はすべて、時には進歩的な形式と呼ばれる種類のものであります。それは、汎神論とか無政府主義とか、自由恋愛として知られているような、われわれのあるものには不道徳または煽動的と思われるような考え方を強調しているものです。彼も私生活で、少なくともある時期には、こういう主張に従って行動していたと見られます。
 とにかく一九二七年のいつか、彼はハリエット・ヴェーンと知りあいになりました。二人は、こういう進歩的な話題が論ぜられる美術的文学的サークルの一つで顔を合わせ、しばらくすると非常に親密な仲になりました。被告もまた作家を業としており、それからこれは忘れてはならないことですが、彼女は殺人とかその他の犯罪を巧妙に行ういろいろな方法を題材とする、いわゆる推理小説、探偵小説の作家なのであります。
 諸賢は証言台での彼女自身の話を聞かれ、また進んで彼女の性格に関し証言をされたいろいろな人々の言葉を聞かれております。多大な才能をもつこの若い女性は、厳しい宗教的なしつけによって育てられましたが、二十三歳のときに、別に彼女自身の罪によるのではないのですが、一人ぼっちにこの世に投げ出され、暮らしを立てなければならなくなったということもお聞きになりました。それ以来、彼女は現在二十九歳でありますが、自分の生活のために勤勉に働きました。これは彼女の声価を大へん高めることですが、被告は全く自分だけの力で、正しい道を選んで誰にも世話にならず、誰の助力も受けずに独立していたのであります。
 彼女はまた大変率直に、いかにしてフィリップ・ボイスに彼女が深い愛着を抱くようになったかを語り、そして、かなり長い間、尋常の結婚ではない同棲生活をしようという彼の申し出を拒んで来たことを話しました。堂々と結婚できないという理由は彼の方には全くありません。しかし、確かに彼は形式的な結婚というようなものには、心底から反抗しているようでした。彼のやり方のこういう傾向が、被告をひどく悲しませていたというシルヴィア・マリオットとエイランド・プライスの証言があります。また、彼が大変美男子であり、大ていの女なら彼に背くことができないというような魅力のある人間だったということも聞いておられます。
 とにかく、一九二八年三月に、被告の言によれば、飽くことを知らぬ彼の執拗さに根負けして、結婚というきずなの外の、いわゆる同棲生活に入ることを承諾したのであります。
 ところで、全く当り前のことですが、こういうことが大変悪いことだという感じは諸賢も抱かれることでありましょう。この若い女性の無防備といえるような当時の立場から考えてみても、やはり道徳的にしっかりしていない人間であるということは感ぜざるをえません。ある種の小説家たちが自由恋愛について書き散らしているあの誤った幻想によって、陪審員諸賢がこういうことは、ありふれた、ちょっとした不行跡にすぎないと軽く考えてしまわれるようなことはあるまいと存じます。インペイ・ビッグズ卿は、しごく当然なことではありますが、弁護依頼人のためにその素晴らしい話術を縦横に用いて、ハリエット・ヴェーンの行為を大変ロマンチックな彩りで描き出しました。卿は自己犠牲ということについて語り、あわせて諸賢に、このような場合には男より女の方が損をするのが多いことを指摘したのであります。しかしながら、諸賢はこの説はあまり気になさってないと思います。こういうことの善し悪しは、諸賢はよくご存じでありましょうし、もしハリエット・ヴェーンがそのまわりの影響でこれほど墮落していなかったら、彼女はフィリップ・ボイスとの交際を断つことによって、もっと正しい勇気を示したと考えられるでありましょう。
 しかしながら反面にまた、こういう過失に対してあまり誤った重要さを付与しすぎないように注意しなければなりません。人が不道徳な生き方をするということと、人殺しをするということとは全く異なったことであります。悪への道に一歩踏みこんだら、次の一歩はもっとたやすく進むと考えられるかもしれませんが、こういう考えにあまり重きを置きすぎてはならないのです。こういうことは当然考えに入れておかれてもよいのですが、あまり偏見を持ってはなりません」
 判事はちょっと言葉を切った。フレディ・アーバスノットは憂鬱そうな顔をしているピーター・ウィムジー卿の横腹をひじで突いた。
「そんなバカな話ってあるかい。ちょっとした遊びごとが、みんな人殺しにまで発展するなんていったら、われわれの中の半分は後の半分の人間のやったことのために首吊りにされなければならないじゃないか」

……巻頭より

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