「幸運の脚」

E・S・ガードナー/中田耕治訳

ドットブック版 179KB/テキストファイル 161KB

500円

地方銀行の頭取秘書マージョリーは「脚線美コンテスト」に合格して映画女優への夢に胸をふくらませたが、それは投資金目当ての巧妙に仕組まれた詐欺だった。そして殺人事件が……恋人の嫌疑を晴らそうと実業家がメイスンを訪れる。だが、その話にメイスンは、どこかおかしなところのあることに気づく。

アール・スタンリー・ガードナー(米、1889〜1970)鉱山技師の息子に生まれ、正統な教育は受けなかったが、のち法律に志し、21歳で弁護士事務所をカリフォルニアに開いた。22年間の刑事弁護士生活の経験を生かして、法廷場面とハードボイルド・タッチで有名なペリイ・メイスン・シリーズを書き、一躍人気作家となった。

立ち読みフロア
 デラ・ストリートは、ペリイ・メイスンの私室のドアを開けた。
「ミスタ・J・R・ブラッドバリーです」彼女は言った。
 うしろから入れ違いに部屋に入ってきた男は、まず四十二歳というところだったが、動きの早い灰色の眼にさっそく親しみのいろをうかべながらペリイ・メイスンをじろじろ見た。
「はじめまして、ミスタ・メイスン」彼は手をさしのべながら言った。
 ペリイ・メイスンは、その手をとるために回転椅子から腰をうかせた。デラ・ストリートは、この二人を見つめながらちょっとドアに立っていた。
 ペリイ・メイスンは、ブラッドバリーより背が高かった。おそらく体重も彼よりあったが、彼の重量は、脂肪ぶとりというよりもむしろ骨格がかっしりしていることと逞《たくま》しい筋肉のせいだった。彼が椅子から立って握手をしたとき、彼の動作には、なにか決定的な様子があった。この男は花崗岩のように実体のはっきりした感じだったし、その顔には、どことなく荒くれた花崗岩のような趣きがあって、彼が口をきいたときにも、全く表情というものがなかった。
「こちらこそ、はじめまして、ミスタ・ブラッドバリー。どうぞ椅子に」
 デラ・ストリートは、ペリイ・メイスンの眼をとらえた。
「何か御用は?」彼女は訊いた。
 弁護士は頭をふった。デラ・ストリートがドアを閉めると、やがて彼は客に向き直った。
「私あてに電報を打ったと、秘書におっしゃったが」彼は言った。「私の方のファイルには、あいにくブラッドバリーという名前のかたからの電報は見あたらないのですが」
 ブラッドバリーは笑って、仕立てのよいズボンの脚を組んだ。たいへん、くつろいでいるように見えた。
「そのわけは」と、彼が言った。「簡単なことですよ。あの電報は、私の名前が知られている電報局から打ちましてね。自分の名前を使いたくなかったので、電文には、イヴァ・ラモントとサインしたんです」
 ペリイ・メイスンの顔に、さっと興味のいろが動いた。
「それでは」と、彼は言った。「あの写真を航空便で送ってこられたのはあなたですね。あの若い女性の写真を」
 ブラッドバリーはうなずいて、チョッキのポケットからひょいと葉巻をとり出した。
「喫《の》んでもかまいませんか?」彼は訊いた。
 ペリイ・メイスンはその返事にうなずいてみせた。彼はデスクの上の電話をとりあげて、デラ・ストリートの声が聞えたとき言った。
「昨日届いた写真をもってきてくれ、それと、いっしょに、『イヴァ・ラモント』とサインしてあった電報も」
 彼は受話器をおいた。そして、ブラッドバリーが葉巻の口を切ると、ペリイ・メイスンはデスクの上の煙草入れ《ヒュミダー》から煙草を一本とった。ブラッドバリーは靴の底でマッチをすると、椅子からさっと立ちあがってメイスンの煙草に火をつけて、そのあと、そうして立ったまま自分の葉巻の先に火を持って行った。ちょうどそのマッチをデスクの上の灰皿に落したとき、デラ・ストリートが外側のオフィスとのあいだのドアを開けて入ってきて、ペリイ・メイスンのデスクに書類ケースをおいた。
「ほかに何か御用は?」彼女が訊いた。
 弁護士は頭をふった。
 デラ・ストリートの眼は、葉巻をくゆらしながら立っている、仕立てのいい服を着た男を鑑定するように向けられた。やがて、彼女はくるりと背を向けて部屋を出て行った。
 ドアがかちりと音をたてて閉まると、ペリイ・メイスンはその書類ケースをめくって、光沢のある紙に印刷された一枚の写真をとりあげた。肩、腰、腕、両脚をあらわに見せている若い女の写真だった。その写真には女の顔は撮《うつ》っていなかったが、身体つきのしなやかさ、その手の優雅な恰好、その写真のなかであらわに開いている両脚の流れるような感じから、この女が若いことは疑いを容れなかった。
 この女の手はスカートを高くたくしあげて、すらりとした両脚を見せていた。写真の下には、タイプで打った見出しが糊で貼りつけてあり、それには『幸運の脚の女性』とあった。
 その写真にはつぎのような電報がクリップでとめてあった。

 依頼シタキ事件ニ関シ非常ニ重要ナル写真ヲ速達航空便ニテ送ル 写真保管ノ上 当方ノ到着を貴事務所ニテ待タレタシ
(署名)イヴァ・ラモント

 ブラッドバリーはデスクに身体をのりだすようにして、その写真にじっと眼を落した。
「その写真のモデルになっている娘《こ》は」と、彼は言った。
「詐欺にひっかかったのです」
 ペリイ・メイスンは写真を見ていたのではなく、舞台装置の表面のかざりの下にひそむ真実を見すかすような、しっかりした、油断なく調べあげるような眼でブラッドバリーの顔を見ていた。その吟味のしかたは、これまでにありとあらゆるタイプの依頼人を扱ってきて、しかも、ほんとうの事実をつきとめるために、つぎつぎに表面にあらわれてくるさまざまな虚偽をおちついて、急がずに、ひとつずつ除いて行くことが身についた弁護士の精密な検査だった。
「この女性はどういうひとです?」メイスンは訊いた。
「名前は」と、ブラッドバリーが言った。「マージョリー・クリューンというんです」
「詐欺にひっかかった、と言われましたね?」
「ええ」
「で、それをやった人間は誰なんです?」
「フランク・パットンという男ですが」ブラッドバリーが言った。
 ペリイ・メイスンは、デスクに向いている大きな革張りの椅子に手を動かした。
「おかけになって」と、彼は言った、「はじめからお話しして頂ければ、話がずっとはかどると思いますね」
「一つ申しあげておきたいことがあるのですが」と、ブラッドバリーは腰をおろしながら言った。「これから私の申しあげることは、どこまでも内密にねがいたいのですが」
「かしこまりました」メイスンは言った。

……第一章冒頭

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