ルパン・シリーズ
「ルパンの告白」

ルブラン作/野内良三訳

ドットブック版 204KB/テキストファイル 170KB

500円

夫の罠に落ち込んだ美しい伯爵夫人を救う「結婚指輪」、謎解きを見せ場に約束の時間まぎわにさっそうとオートバイで姿をあらわす「影の合図」など、カッコよさ満点の9編からなるルパンもの第3短編集。ガニマール警部との追いつ追われつが、またなんとも微笑ましい。
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「ルパン、どうだね、なにかおもしろい話はないかね」
「そう言われても。いったいどんな話をお望みなのかね? それに、ぼくの生涯は一部始終世間に知られているしね!」ルパンは、わたしの書斎の長椅子でうとうとしながら答えた。
「だれも知っちゃいないぜ!」わたしは声を張りあげて言った。「なるほど、新聞にのったきみの手紙から、某事件に一役買い、某事件をひきおこしたことぐらいは知っている……でもね、そういった事件でのきみの本当の役割や、事件の真相や、その結末となると、なにひとつ知っちゃあいないよ」
「なあに! どいつもこいつも、つまらん話さ」
「つまらん話だって。きみがニコラ・デュグリヴァルの奥さんに五万フラン進呈した話がかい! 三枚の絵の謎をものの見事に解いてみせた、あの手際もかい!」
「なるほど、そういわれてみれば、あれは不思議な謎かもしれないね」ルパンは言った。「さしずめあれに題名をつけるとすれば、『影の合図』というところか」
「それに、社交界でのきみの成功はどうなるのさ?」わたしはつづけた。「まだまだあるぜ、きみの一連の善行の秘密だって? それから、ぼくと話しているときそれとなくほのめかした多くの話、たしか『結婚指輪』とか『うろつく死神』とかきみは呼んでいたっけ! ルパン、おくればせながら打ち明けてもよい話がいくつもあるじゃないか!……さあどうだね、ひとつ勇気をだしてはなしてみては……」
 このころ、ルパンはすでに有名であった。しかし、まだあのすざまじい戦いはまじえていなかった。『奇岩城』や『813』の大冒険に先立つ時代だった。この時分の彼はフランスの王たちの古い財宝をかすめとり、ヨーロッパを股にかけて強盗を働いてドイツ皇帝の鼻をあかすといった大それたことをまだ考えていなかった。もっとつつましいお手並みと、もっと真当な稼ぎで満足していた。平凡な仕事に精をだし、もって生まれた天分と好みから、来る日も来る日も悪事を働いたり善行をほどこしたりしていたのだ。いってみれば、茶目っ気のある、心のやさしいドン・キホーテといったところだ。
 ルパンがいっこうに口をひらこうとしないので、わたしはくりかえした。
「ルパン、どうだい、はなしたまえよ!……」
 すると、意外や意外、彼はこう答えたのだ。
「じゃあ、鉛筆と紙を用意したまえ」
 わたしはすっかりうれしくなった。さっそく言うとおりにした。彼がとうとう物語のいくつかをわたしに書き取らせるつもりになったのだとてっきり思いこんだのだ。彼のはなしぶりはそれは見事なもので、情熱と空想にあふれていた。だが悲しいかな、いざわたしがそれをペンで表現する段になると、くだくだしい説明やへたくそな筋のはこびのため、せっかくのおもしろい話がだいなしになってしまうのだ。
「用意はいいかい?」ルパンは言った。
「いいとも」
「書き取ってくれたまえ。十九――二十一――十八――二十――十五――二十一――二十」
「こりゃあ、なんのことさ?」
「さあ、いいから、つづけて」
 ルパンは長椅子にすわって、開けはなたれた窓のほうに目を向けている。指先でしきりに近東タバコを紙に巻いている。
 ルパンはまたはじめた。
「いいかい。九――十二――六――一……」
 ここでちょっと間をおいた。それから、
「二十一」
 そしてまた沈黙。そのあと、
「二十――六……」
 頭がおかしくなったのだろうか? わたしはルパンをまじまじと見た。見ているうちに、わたしは気がついた。ルパンの目つきがすっかり変わっていた。数分まえの無関心な目つきではなく、一点にそそがれているのだ。彼をひきつける光景でもあるのだろうか、空間の一つところを追っているらしい。
 そうしているあいだにも、ルパンは数字を言うたびに間をおいて、口述をつづけた。
「二十一――九――一八――五……」
 窓の向こうに見えるものといえば、右手の青空の切れはしと、向かいの建物の正面だけだ。その古い屋敷の正面は、いつものように鎧戸(よろいど)がおろされている。ふだんと別段変わったものはなにひとつない。もう何年も見慣れているものばかりで、目新しい点はないように思える……
「十二――五――四――一……」
 このとき、突然わかった……、いや、わかったように思った。ルパンはなるほど皮肉屋をよそおってはいるが、根はいたって理性的な男だ。彼ともあろう者が、こんな子供だましのことで時間を無駄にするわけがあろうか? しかしながら疑う余地もないのだ。ルパンが数えているのは、まちがいなくあれなのだ。太陽のひかりなのだ。それは、古い屋敷の黒ずんだ正面の三階あたりで、まるでたわむれているかのようにキラッ、キラッと間をおいて反射している。
「十四――七……」ルパンがわたしに言った。
 ひかりの反射がしばらく消えた。それから、規則的な間をおいて、たてつづけにきらめいたかと思うと、またもや消えた。
 わたしは無意識のうちに数えていた。そして、つい声をあげてしまった。
「五……」
「やっとわかったようだね? そいつはよかった!」ルパンはまぜっかえした。

……「太陽のたわむれ」より


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