「ルパン対ホームズ」

モーリス・ルブラン作/野内良三訳

ドットブック版 198KB/テキストファイル 173KB

500円

シャーロック・ホームズが依頼を受けて、はるばるロンドンからパリに乗り込んでくる。第一話では謎のブロンド女が絡む青いダイヤの盗難事件を解決するために、第二話ではユダヤのランプを取り戻すために。待ち受けるのは女性の味方、ダンディなルパンだ。虚々実々の両雄の対決はどちらに軍配があがるのか。軽快なテンポで一気に読ませる好エンタテイメント。
立ち読みフロア

 昨年の十二月八日のことだった。ヴェルサイユ高校の数学教師ジェルボワ氏は、古道具屋のがらくたの山の中からマホガニー製の小ぶりの整理机を見つけ出した。引出しがたくさん付いているのに心を引かれたのだ。
《シュザンヌの誕生日の贈り物にぴったりだぞ》彼は思った。
 生活はお世辞にも楽とはいえなかったが、常づね娘をよろこばせてやりたいと思っていたので、値切れるだけ値切って大枚六十五フランをはたいて机を手に入れた。
 自宅の所番地を教えていると、さいぜんからしきりと店内を物色していた品(ひん)の良い青年が、くだんの机に目をとめて尋ねた。
「いくらです」
「売約済みでして」店の主人が答えた。
「あっ、そうなの!……この方かしら?」
 ジェルボワ氏は軽くうなずいた。人を出し抜いて掘り出し物を手に入れたかと思うと、ますます嬉しくなって店をあとにした。
 ところが、通りをものの十歩と行かないうちに、さっきの青年が追いついてきた。青年は帽子をとり、すこぶる折目正しい口ぶりで切り出した。
「はなはだ失礼とは存じますが……少々おうかがいしたいことがありまして……特にあの机に目星をつけていらしたのでしょうか?」
「いいえ。物理の実験に使う中古の秤(はかり)をさがしていましてね」
「では、それほどあの机にご執心というわけではないのですね?」
「いや、どうしても欲しいのです」
「時代ものだからですか?」
「使いやすいからですよ」
「そういうことでしたらあれと同じくらい使いやすくて、もっとしっかりしている机となら交換していただけますね?」
「あれもしっかりしていますよ。わざわざ交換するまでもないと思いますけど」
「でも……」
 ジェルボワ氏は気難しくて、すぐにむっとするたちだ。彼は言下に答えた。
「どうか、もうその話はやめにしてください」
 見知らぬ男はつと彼の前に立ちはだかった。
「あなたが、いくらお支払いしたか存じませんが……二倍の値段で手を打ちませんか」
「お断りします」
「三倍では?」
「ああ! いい加減にしてください」教師は堪忍袋の緒を切らして叫んだ。「売らないといったら売りません」
 青年はジェルボワ氏をひたと見すえた。この時の青年の態度は、教師にとっていつまでも忘れられないものとなった。それから、青年は一言も言わずにくるりと踵(きびす)をめぐらすと、そのまま遠ざかっていった。
 一時間後、ヴィロフレー街道沿いにある教師の自宅に、例の机が届けられた。教師は娘を呼んだ。
「シュザンヌ、おまえのために選んでみたんだが、気に入ってくれるかい?」
 シュザンヌは明るくて気立てのよい、かわいらしい娘だった。父親の首に飛びつくと、まるで豪華な贈り物でも貰ったみたいに、大喜びで接吻した。
 シュザンヌはその晩さっそく女中のオルタンスに手伝ってもらって、その机を自分の部屋に運びこんだ。それから引き出しを掃除し、書類や、文箱(ふばこ)、郵便物、絵葉書のコレクション、従(いと)兄(こ)のフィリップのために取ってある秘密の思い出の品々などをていねいに整理した。
 翌日の七時半に、ジェルボワ氏は高校に出かけた。十時に、シュザンヌはいつものように校門のところで父親を待っていた。父親にとって、校門の向かい側の歩道の上に娘のすらりとした姿と、まだあどけなさの残っている微笑を見出すことは、この上ない喜びだった。
 二人は連れ立って家に向かった。
「ところで、机はどうかね?」
「とってもステキよ! オルタンスとふたりで飾りの金具(かなぐ)をみがいたの。まるで本物の金(きん)みたい」
「すると、気に入ってくれたんだね?」
「ええ、もちろんだわ! 今まであの机なしで済ませてこれたのが信じられないくらい」
 二人は家の前の庭をよこぎった。ジェルボワ氏が娘に声をかけた。
「昼食をとるまえに、あの机にちょっと挨拶(あいさつ)しておこうか?」
「そうね、とってもいい思いつきだわ」
 娘が先に家に駆けこんだ。しかし、自分の部屋の入口まで来ると、あっと驚きの声をあげた。
「どうしたんだ?」ジェルボワ氏が言いよどんだ。
 父親が部屋にはいって見ると、机は煙のように消えてなくなっていた。

……第一話 「ブロンドの女」冒頭部分より


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