ルパン・シリーズ
「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン」

ルブラン作/大野一道訳

ドットブック版 195KB/テキストファイル 159KB


600円
フランスの作家ルブランの手になる有名なルパン・シリーズは、この短編集巻頭の「アルセーヌ・ルパンの逮捕」から始まった。殺しを嫌い、血を見るのを嫌う神出鬼没のダンディな知能犯ルパンは、たちまち見事に裏を書いて小気味よく脱獄する。早くもこの集では対抗馬のイギリスの名探偵シャーロック・ホームズが登場し、次の対決を予想させる。フランス的エスプリと爽快さにあふれてルパン参上!

モーリス・ルブラン(1864〜1941)フランスの推理作家。ルーアン生まれ。小説家としての長い不遇の時代の後、40歳のとき書いた「アルセーヌ・ルパンの逮捕」が大評判となり、以後「ルパン」シリーズを書き継いだ。ルパンの作者としてレジヨン・ドヌール勲章を受章。 長編の代表作に「水晶の栓」「奇巌城」「813」などがある。

立ち読みフロア
 アルセーヌ・ルパンは食事を終え、ポケットから金色の帯を巻いた見事な葉巻を取りだすと、うっとりとして眺めていた。ちょうどそのとき、独房の戸が開いた。ルパンは葉巻を引き出しにほうりこみ、テーブルを離れるだけがやっとだった。看守が入ってきたのだ。散歩の時間だったのである。
「やあ、きみ、待っていたよ」と、ルパンはいつものとおりの上機嫌で叫んだ。
 ルパンは看守にともなわれて外に出た。そして廊下の角をまがるかまがらないかのうちに、今度は別のふたりの男が独房に入ってきて、あちらこちらを念入りに調査しはじめたのである。ひとりはドュージー刑事、もうひとりはフォランファン刑事だった。
 当局は、やっかいなことは早く片づけたいと思っていたのだ。アルセーヌ・ルパンがひそかに外部と連絡をとり、仲間と通信していることは疑いなかった。前日にも『大新報』が、自社の司法記者あてに送られてきたつぎのような文書を載せていたのである。
 
拝啓
 最近の記事において、貴君は、きわめて不当なうえ無礼でもある言葉づかいで、小生のことを述べておられる。裁判が始まる前にお伺いするから、釈明をお願いしたい。敬具
 アルセーヌ・ルパン
 
 筆跡はまちがいなくアルセーヌ・ルパンのものであった。つまり彼は手紙を出しているわけだ。そして受け取ってもいるわけだ。ということは、こんなにもふてぶてしいやり方で予告している脱走を、本気でやろうとしているのは、まちがいないということなのだ。
 こういった事態を見すごすわけにはいかなくなった。
 刑事課長デュドゥイ氏は、予審判事の同意を得て、みずからラ・サンテ刑務所におもむき、しかるべき措置を刑務所長に指示することにしたのだった。到着するとただちに、彼はふたりの部下を囚人の独房に差しむけたのである。
 ふたりの刑事は敷石をひとつずつ持ち上げてみた。ベッドを分解した。こういった場合にふつうやることは、みんなやってみたが、結局のところ何も見いだせなかった。もう調査をあきらめようと思っていたとき、看守が息せききって駆けつけてきて、つぎのように言ったのだった。
「引き出しを、テーブルの引き出しを調べてください。わたしが入ってきたとき、やつがちょうど閉めたところだったのです」
 そこで、引き出しをあけてみた。デュージーが叫んだ。
「神にかけて、今度こそやつのしっぽをふんづかまえてやるぞ」
 フォランファンが押しとどめた。
「ちょっと待った。課長がくわしく調べてくれるだろうから」
「だけど、デラックスなこの葉巻ときたら……」
「そんなハヴァナ葉巻なんかほっとけよ。まず課長に報告しよう」
 二分後、デュドゥイ氏が引き出しを調べたのだった。まず、『新聞情報通信社』が切り抜いてきた、アルセーヌ・ルパン関係の新聞記事の束があった。それからたばこ入れ一こ、パイプ一本、半透明な薄紙のきれはし、最後に本二冊が見つかった。
 デュドゥイ氏は本の題を眺めてみた。一冊はカーライルの『英雄崇拝』のイギリス版、もう一冊は一六三四年ライデンで発行された、『エピクテトス概論』のドイツ語訳であった。これは時代がかった装丁(そうてい)ではあるが、すばらしい出来のエルゼヴィール版である。パラパラとページをめくってみると、どのページにも爪をつき立てたあとや、アンダーラインや、書きこみがしてあるのがわかった。何か暗黙の符号なのだろうか? それとも、夢中になって本を読んだことを示すしるしなのだろうか?
「いずれ、くわしく調べてみよう」と、デュドゥイ氏はつぶやいたのだった。
 それから、タバコ入れやパイプも調べてみた。そして金色の帯をした例の葉巻を手にして、
「いやはや、大したご身分だな。ヘンリー・クレイだぜ!」と叫んだものだ。

……「アルセーヌ・ルパンの脱獄」より


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