「マハーバーラタ」(第2巻)

作者不詳/山際素男訳

ドットブック版 372KB/テキストファイル 239KB

1000円

カーミヤカの森でのパーンドゥ5人兄弟の苦闘をたどる一巻。三男アルジュナはヒマラヤに出向き、闘いのすえにシヴァ神から全世界を滅亡させる武器を授かる。また、インドラ神からは魔物たちを滅ぼすための武器の使い方を習得する。森で苦しみ嘆くユディシュティラに、聖仙ブリハド・アシュヴァはナラ王の物語を語って聞かせる。さらに聖仙マールカンデーヤは、『ラーマーヤナ』(ラーマ王子が、愛妻シーター姫を取り返すため悪鬼の島ランカーに攻め入る話)と『サーヴィトリー物語』(貞節なサーヴィトリーがヤマから夫を取り戻す話)を物語る。12年の亡命生活を終えたパーンドゥ兄弟は、ヴィラータ王の宮殿に素性を隠して住むことになる。
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 ユディシュティラはアガスティヤ聖仙(リシ)の偉業に深い感銘と興味を抱き、もっと彼の話をしてくれとねだった。
「よろしい、話して進ぜよう」
 聖仙ローマシャは莞爾(かんじ)として微笑んだ。
「大古、クリタ・ユガ(世界の最初期)の時代、カーラケーヤという強大なダーナヴァ(悪鬼)族がいた。彼らは首領ヴリトラ(旱魃(かんばつ))の下に神々を散々悩まし、神々は梵天ブラフマーに救(たす)けを求めた。
 インドラ神に率いられた神々に対しブラフマーは、聖仙ダディーチャのところに行き、彼の骨をもらい、その骨でヴァジュラ(金剛杵)という武器を作れ。それは六つの角(かど)を持ち恐ろしい唸(うな)りを立てる。インドラ神はその武器によってヴリトラを斃(たお)すであろう、と告げた。
 神々は聖仙ナーラダを先頭に直ちにサラスヴァティー河辺りあるダディーチャの庵(いおり)を訪れた。庵は深い森に囲まれ、蜜蜂の群があたかもヴェーダを誦する歌声のような響きを立て、さまざまの小鳥の囀(さえず)りで賑(にぎ)わっていた。森の中には、野牛、熊、鹿、牛などが、虎を恐れる風もなくのんびりと徘徊し、河の中で、牝象と戯れる牡象の咆え声が辺りを震わせ、そこここから虎や獅子の咆哮(ほうこう)が響き渡り、谷間や岩穴に堂々たる鬣(たてがみ)の獅子が長々と寝そべり四囲を睥睨(へいげい)する姿が見られた。
 神々は眩(まばゆ)いばかりに輝く偉大な聖仙(リシ)に額(ぬか)ずき、ブラフマーにいわれた通りのことを述べ願いを叶えてくれるよう懇願した。それを聞いた聖仙(リシ)は大層喜び、よろしいとも、今、この場で望みを叶えて上げましょう、というや息絶え、神々の前に躰(からだ)を投げ出した。
 神々は聖仙(リシ)の体から骨を取り出し、世界の巧芸神トゥヴァシュトリ(ヴィシュヴァカルマン)にヴァジュラを造ってくれと頼んだ。トゥヴァシュトリは喜んでダディーチャの骨から強力無比の武器ヴァジュラを造り上げ、インドラ神に捧げた。
 インドラ神は勇躍してヴリトラ征伐に向ったが、カーラケーヤの猛攻にあい、神々の軍団は散り散りばらばらになり、千の眼を持つ英雄インドラ神も臆病風に吹かれ、ヴィシュヌ神に援(たす)けを求める仕末であった。
 ヴィシュヌ神は、恐怖に縮こまっているインドラ神を元気づけようと自らの活力を吹き込み、それを見た他の神々、聖仙(リシ)たちも己れの力をインドラに分かち与えた。みるみる活気を取り戻したインドラ神は、勇んでヴリトラに立ち向ったが、ヴリトラの物凄い咆哮に胆(きも)を潰し、ヴリトラ目掛けヴァジュラを抛(ほう)り投げるや一目散に逃げ出し湖に飛び込んでしまった。
 それでも運よくヴァジュラはヴリトラに命中し、悪鬼がその場に息絶えたのを見た神々は歓呼の声を上げ、総大将を失い意気沮喪したダイティヤ軍に総攻撃を掛けた。ダイティヤたちは総崩れとなり、全員海底に潜り難を避けた。
 海底に集結した悪鬼軍団は作戦会議を開き対策を練った。
 ――世界を支えているのは、苦行の力である。須(すべから)く、苦行の力とヴェーダの知識を持つ徳の高いバラモンをやっつけてしまえ。そうすれば世界は中心を失ってばらばらになってしまうにちがいない――
 衆議一決し、水神ヴァルナの棲家(すみか)である海を、ダイティヤ一味の砦とし、世界支配の野望達成の機を窺(うかが)った。
 カーラケーヤたちは闇に乗じて陸地に上り、徳の高いバラモンの庵、聖地を一斉に襲い、先ずヴァシシュタ聖仙の隠棲地その他で百八十人のバラモン、聖仙(リシ)たちを血祭に上げた。ついでチヤヴァナ、バラドヴァージャの庵を襲い百二十人の苦行中のバラモンを殺した。こうして彼らは次々と聖地、隠棲地などを襲撃していった。その周辺には骨と皮ばかりに痩せさらばえたバラモンの屍体が散乱し、手足はばらばらにされ、骨が堆(うずたか)く積まれた。供犠に用いる壺は粉々にされ、聖火を点すギー(良質のバター)を掬(すく)う柄杓(ひしゃく)はへし折られ、惨状は目を覆わしめた。祭儀は滞り、ヴェーダの勉学は蔑(ないがし)ろにされ、人びとは四方八方に逃げ隠れた。なかに勇敢な戦士たちがおり、敵を求めて繰り出したが、姿も行方も杳(よう)として知れず途方に暮れるばかりであった。
 事態を極めて憂慮したインドラ神はじめ神々は、ヴィシュヌ神を訪ね、再び救けを乞うた。
 ――おお、青蓮の眼の持主よ、古(いにしえ)、野猪に化身し海に沈んだ大地を持ち上げ生類を救ったのはあなたです。
 ナラシンハ(半人間半獅子)の形をとり、魔王ヒラニヤカシプを斃(たお)し、矮人になって魔王バリを三界から追放し、アスラの王ジャンバを殺したのもすべてあなたであり、あなたのお陰で世界は保たれてきました。
 ところが最近、恐ろしいことが地上で起っています。夜になるとどこからともなくやってきてバラモンたちを殺戮(さつりく)していくものがいます。彼らの棲家がどこか分らず、どうしていいか苦慮しているのです。どうか知慧をお貸し下さい――
 ヴィシュヌ神はこれに対し、その見えざる敵は海底に潜むヴリトラの残党たちである。彼らを撲滅(ぼくめつ)するには海水を呑み干してしまわなければならない。それができるのは聖仙アガスティヤしかない。速やかに彼の下に赴き援けを乞え、と告げた。
 神々は早速アガスティヤのところへ行き、いった。
 ――おお、あなたは昔、ナフシャによって人びとが苦しめられている時、彼を天界から失墜せしめ世界を救いました。またヴィンディヤ山脈(インド中央部を東西に縦断する大山脈)が突然太陽に腹を立て、どんどん天空にせり上りはじめた時、あなたの命(めい)に逆らえず伸張するのを断念しました。どうかわれわれの苦衷を察して願いをきいて下さい――」

……「ユディシュティラの巡礼」中の「アガスティヤの偉業」冒頭より


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