「マノン・レスコー」

アベ・プレヴォ作/鈴木豊訳

エキスパンドブック 551KB/ドットブック版 193KB/テキストファイル 198KB

500円

妖しい魅力を放ってやまないマノンの虜(とりこ)になった17歳の若者シュヴァリエ・ド・グリューは急速に堕落しながらも、ついに地の果てまでマノンを追いかけ、みずから愛する恋人の屍を葬る。エキスパンドブックはピエール・ブリソーのカラー挿し絵入り。
立ち読みフロア
  ぼくはすでに、アミアン出発の日を決めていた。ああ! どうして出発の日をもう一日早くしておかなかったのだろう! もう一日早ければ、まったく無垢(むく)な体のまま父のもとへ帰れただろうに。この町をあとにする予定の日の前日、チベルジュという名の友人といっしょに散歩をしていたとき、ぼくたちはアラスからの駅馬車が到着するのを見かけて、こうした馬車が停まる宿屋まで駅馬車についていった。理由といっても、好奇心以外には何もなかった。
  数人の女性たちが駅馬車から降りて、すぐに宿の中へ引っ込んだ。ただ、まだずいぶん若いひとりの娘が残り、彼女の監督をしているらしい相当の年配の男が、熱心に荷物入れの篭(かご)から旅行用具をとり出しているあいだ、中庭に立ち停まっていた。今まで男女の違いなど意識したこともなく、またあまり注意深く女性など眺めたこともなかったぼくだが、それにあえていうが、みんなに賢明で慎しみ深いといって讃めものになっていたぼくが、あまりに魅力たっぷりな彼女の様子を見て、このぼくが、ひと目見ただけで夢中になるほど、情熱の焔(ほのお)を燃やしてしまった。ぼくには、極端なほど臆病で、かんたんに狼狽(ろうばい)し、ドギマギしてしまう欠点があった。ところがこのときは、こんな弱味にひかされて思いとどまるどころか、勢いこんでぼくの心の恋人のほうへ足を進めた。彼女のほうは、ぼくよりもまだ年下だったが、迷惑そうな様子も見せずに挨拶を受けた。
  ぼくは彼女に向かって、どうしてアミアンにおいでになったのですか、ここにどなたか知人でもいらっしゃるんですか、と訊(たず)ねた。彼女は、ここで尼僧になるために、両親に送り出されたのです、とありのままに答えた。少し前からもうぼくの心には恋心が宿ったために、すでに知恵もついていたので、彼女が尼僧になるというこの計画は、ぼくの欲望にとってはまるで致命傷のような気がするのだった。
  ぼくは、なるべくこちらの気持ちを理解してもらえるような態度で彼女に話しかけたが、それというのも、彼女のほうがぼくよりもずっと経験豊富だったからである。両親が彼女を修道院へ預けたのは、おそらく彼女の享楽ずきの性質を押えようというつもりからで、彼女の意志ではなかったのだが、この性質はその頃からもうはっきりと形に現われ、のちには彼女と、それにぼくのあらゆる不幸の原因となったのである。

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