「火星の幻兵団」

E・R・バローズ/小西宏訳

ドットブック版 169KB/テキストファイル 115KB

420円

バローズの痛快火星シリーズ第4弾! ケオル皇帝に嫁ぐことになっていたプタース皇帝の王女スビアは何者かに連れ去られ、大元帥カーターの息子カーソリスに誘拐の嫌疑が降りかかる。みずから捜索におもむくうち、カーソリスは太古の奇怪な王国に足を踏み入れた。そこには「幻(まぼろし)の兵団」をあやつる人々がいた! 「幻兵団」とは何者か、カーソリスと王女の運命は? 抜群の着想・奇想がひかるSF古典。

エドガー・ライス・バローズ(米、1875〜1950)シカゴ生まれ。75歳で亡くなるまでに、20冊あまりのターザン物、10冊の「火星シリーズ」をはじめ、金星や月や地底やアメリカ西部を舞台にした数多くの小説を書き、大人気作家となった。その作品の多くは今日でも「一服のよく効く清涼剤」として延々と読みつがれている。

立ち読みフロア

 大輪のピマーリアのあでやかに咲きこぼれる木かげ、つややかなアーサイト石のずっしりしたベンチに王女は掛けていた。そのサンダルをはいた形のいい足は宝玉をまいた散歩道をいらだたしげに爪先《つまさき》で打っている。ここはみごとなソラプスの木がそびえて緋色《ひいろ》の芝生に影を落とす、プタース国の皇帝《ジェダック》スパン・ディーンの王宮の庭である。王女の前には、髪の黒い、皮膚の赤い、ひとりの戦士が身をひくくかがめて熱い言葉をささやいている。
「スビア」と男は訴えていた――「どうしてそのように冷たくなさるのです。この身は恋の炎に灼《や》きさいなまれておりますのに。永久《とわ》に色あせぬ花のお姿を支えているその果報者《かほうもの》の固く冷たい石さえも、お心ほどには冷たくはないし、かたくなでもない。スビア、一言《ひとこと》でいい、聞かせてください、たとえ、いまはわたしを愛せぬとしても、いつか、いつの日か、わたしの王女さま……」
 王女は驚きと不快の声をあげて、すっくと立ちあがった。わたしの王女さまというのは婚約者の呼び名なのである。赤い、なめらかな肩の上に気高い顔を凛《りん》とそびやかし、黒い瞳《ひとみ》に怒りをこめて相手の目を見かえした。
「なんということを、アストック。そのようにわれを忘れ、バルスームの慣習《しきたり》をお忘れになるとは。スパン・ディーンの娘のこのわたくしをそのように呼んでよいと誰が許しました」
 男はいきなり身をよせて王女の腕を押さえた。
「わたしの妃《きさき》になるのです! そうさせずにはおきませんぞ。デュサールの王子たるこのアストックが想いをとげる邪魔は誰にもさせぬ。邪魔だてするものがあれば、その名をおっしゃるがよい。そやつの汚らわしい心臓をこの手でえぐり出し干しあがった海をうろつくキャロットどもに投じてくれよう」
 男の手がからだに触れただけでスビアの銅色の肌から血の気がひいた。火星の宮廷では王家の女性は神に等しい存在だから、アストック王子の行為は冒涜《ぼうとく》も同然である。しかし王女の瞳には、男のふるまいと、その成り行きにたいする嫌悪感があるだけで、おびえたような色は見られない。
「お離しなさい」冷ややかな、つき放すような声だった。
 アストックは、なにやらわけのわからぬことを口走りながら荒々しく相手を引きよせた。
「お離しなさい!」王女はきびしくくり返した。「衛兵《えいへい》を呼びますよ。そうなれば、どういうことになるか、デュサールの王子もご存じのはずでしょう」
 男はすばやく右腕を王女の肩にまわして顔に口をよせようとした。小さく叫んで王女はつかまれていないほうの腕をふるった。重い腕輪がしたたかに男の口を打つ。
「けがらわしい!」スビアは叫んだ。「衛兵! 衛兵! 早く! プタースの王女を守るのです!」
 呼び声に応じて十人ばかりの衛兵が、革のよろいに飾り金を鳴らし、抜身《ぬきみ》の長剣を陽にきらめかせ、傍若無人《ぼうじゃくぶじん》な狼藉《ろうぜき》に低く怒りの叫びをあげながら緋色の芝生《しばふ》をいっさんに走ってきた。
 しかし王女がアストックと揉《も》みあっている現場をめざして衛兵たちが半分も芝生を走らないうちに、黄金の泉水をなかば隠した手近の茂みから人影がとび出してきた。黒い髪、鋭い灰色の目、肩が広く腰のしまった、背の高い若い戦士である。火星の赤色人は銅色の肌で、その点がこの老いた惑星のほかの人種とちがうのだが、この青年は皮膚がかすかに赤味がかっているだけである。一見赤色人のようではあるが、明るい肌と目の色以上に、どことなく言うに言われぬ違いがあった。
 身のこなしも普通ではない。大きく地を蹴《け》って飛ぶように疾走《しっそう》するのが、衛兵たちの走るのとは比べものにならない速さである。
 青年がかけつけたとき、アストックはまだスビアの手くびをとらえていた。青年は一瞬もむだにしなかった。
「キャロット!」と一言《ひとこと》、アストックの顎《あご》に一発見舞った。アストックのからだは宙《ちゅう》を飛んで、ベンチわきのピマーリアの茂みに崩れ落ちた。
 青年は王女にむきなおった――「カオール、プタースの王女、スビア! 運命のはからいでしょうか、折よくぼくが参りましたのも」

……「一 カーソリスとスビア」より

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