「魔都」(上下)

久生十蘭/作

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各巻 400円

昭和9年の大晦日、東京に滞在していた安南国の皇帝が失踪した。ほぼ同時刻、松谷鶴子というその愛人らしき妙齢の女性が赤坂山王台の高級アパート「有明荘」のベランダから墜死した。そこにはいったいどんな関係があったのか。当時の銀座には、マダム村雲笑子(えみこ)の「巴里」というバーがあった。そこでは、巴里帰りでタキシードを着込んだ高利貸しのせがれ、朝鮮捕鯨会社という国策会社の重役で羽振りのいい子爵家の当主、名うての遊蕩児で酔えばマラルメを口にするディレッタント、銀色の靴を穿いて人造ダイヤを指に光らせる米国帰りのダンサーなど、奇態な連中が乱痴気騒ぎの真っ最中。ところが、あとでわかったのだが、その連中の何人かが「有明荘」の住人でもあった。いったいこの暗合は何なのか。鬼才十蘭ならではの絢爛たるミステリー。

久生十蘭(ひさおじゅうらん 1902〜57)函館生まれ。本名阿部正雄。東京の聖学院中学を中途退学。「函館新聞」で記者生活を送るが、のちに上京して、岸田国士(くにお)に師事し、演劇活動に傾倒。さらに雑誌「新青年」を舞台に執筆活動を展開。52年、「鈴木主水」で直木賞を受賞。他の主な著書に「魔都」「平賀源内捕物帳」「 顎十郎捕物帳」「黄金遁走曲」などがある。

立ち読みフロア

 一 古市加十(ふるいちかじゅう)、月を見る事 並(ならび)に美人の嬌態(きょうたい)の事

 甲戌(きのえいぬ)の歳も押しつまって今日は一年のドン尻という極月(ごくげつ)の三十一日、電飾眩(まば)ゆい東京会館の大玄関から一種慨然たる面もちで立ち現れてきた一人の人物、鷲づかみにしたキャラコの手巾(ハンカチ)でやけに鼻面を引っ擦(こす)りこすり、大幅に車寄せの石段を踏み降りると野暮(やぼ)な足音を舗道にひびかせながらお濠端(ほりばた)のほうへ歩いて行く。見上ぐれば、大内山(おおうちやま)の翠松(すいしょう)の上には歯切れのわるい晦日(みそか)の月。柳眉悲泣(りゅうびひきゅう)といったぐあいに引っかかっている。
 件(くだん)の人物は富国生命の建築場の角でフト足を止めて空をあおいでいたが、やがて、
「チェッ、月かア、馬鹿にしてやがる」
 と吐き出すように独語(ひとりごと)するとクルリと板塀のほうへ向きなおり筒音高く水鉄砲をはじきはじめた。察するところ何かヨクヨク肚(はら)のおさまらぬことがあるのだと思われる。
 人物々々といっていてはおわかりになるまいから、いささか閑筆を弄(ろう)してその人態(にんてい)を叙述しように、年のころは二十八、九歳、中肉中背、例の三十二番という既製洋服(レデー・メード)が縫い直しもせずにキッチリと当嵌(あてはま)るという当世風な見丈(みたけ)。乙(おつ)に着こなした外套(がいとう)はチェスターフィールドだが襟裏を引っくりかえして検(あらた)めてみると、「東京テーラー」という有名な古手問屋の商標(レベル)がついていようという寸法。他は推して知るべし。貌(かおかたち)にいたってはこれといって書きたてるがものはない。午砲(ひるめし)時に仲之通に汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)する通勤人面(サラリーマンづら)の一種で、馬鹿には見えぬかわりけっして優雅にも見えぬせせっこましい人相。ただし、《へ》の字なりに強情らしく引き結んだ唇は何か磅磚(ぼうばく)たる気宇を示すように見える。といえばなにかひと廉(かど)の人物らしく聞こえようが実はそんなのじゃなくって、これは「夕陽(ゆうよう)新聞」という四頁(ページ)新聞の雑報記者で古市加十(ふるいちかじゅう)という人物。読者においてもすでにお察しのごとく、どんな鬱懐(うっかい)があったか知らぬが罪もない月に喰ってかかるようでは新聞記者の年季はまだまだ浅いものと見ねばなるまい。
 このような名前の新聞は、ついぞわれわれの家庭には舞い込まぬから御存じのないかたもあろうが、新聞年鑑を見ると「夕陽新聞」というのはたしかに存在することになっている。夕刊四頁、毎夕発行、日本橋の末広ビルの三階に本社があって副業に「化粧品新報」というのを発行している。もっともどちらが本職なのかわからない。評判によればこの新報のほうが押売りがきくので本業よりもうかるという評判だが、その詮索(せんさく)はここではたいして必要はあるまい。一方本業のほうは、名は体をあらわすで社運は頽勢(たいせい)をたどる一方、あたかも山の端に臼(うす)づく秋の夕陽のごとく、やがてはトップリ暮れようという心細いありさま。今日しも同業者の忘年会が東京会館で行なわれるにつき古市加十は「夕陽新聞」を代表して出席したが、記者の食卓に古市加十の席が見当らぬ。おいおい尋(たず)ねてゆくと、はるかに霞(かす)む末席の「銀座だより」という怪しげな花柳新聞の隣に加十の名札が放り出されている。この人物は度胸もないくせに概して血気に逸(はや)るほうだから、これを見るとカッと逆上して席札を引っ掴んで上席のほうへ進んで行き朝日新聞の隣の席に座を占めようとしたが、元来朝日の隣に夕陽が割込むなどということはありうべきはずはない。たちまち駈け寄って来た幹事に猫吊しに吊し上げられ席札もろとも元の席へ抛(な)げ返されたうえ、小間物屋の席はここだと顎(あご)でしゃくられたのである。警視庁の新聞記者室などでも平素から人交りをしてくれぬのだからこのくらいの屈辱(くつじょく)は馴れきっているはずの古市加十でも、満座の中でこれほどまでに晴れがましい恥辱を受けてはさすがにもはやいたたまれない。奮然と席を蹴って東京会館を飛び出したが、なんとしても胸のムシャクシャは治まらぬ。根がしがない雑報記者のことだからこのさい複雑な感懐などが起るべきはずはなく、ただ無暗(むやみ)に腹を立てたのである。磨き出したような黄色い新月さえも花王石鹸の広告のように見えていっそうムシャクシャし、思わず馬鹿にしていやアがる、と叱咤(しった)した件(くだり)は先刻すでに述べたとおり。
 やがて加十は筒先を蔵(おさ)めてブラブラ歩きだそうとすると、このとき背後にあたって轟くがごとき拍手の音とともにドッと歓声があがった。思わず振返って見ると、会場では今や宴酣(たけなわ)とみえ皎々(こうこう)と照らし出された窓ガラスの向うを四、五人の同業が踊るような手ぶりで通り過ぎてゆくのが見える。加十は怨(うら)めしげにそのほうを見上げながら、
「畜生、今に見ろ。明日になったらてめえらの肝っ魂をでんぐり返してやる。わが夕陽新聞にどんな奇想天外な計画があるか、よもやてめえらは知らねえだろう。それにしてもわが社の編集長幸田(こうだ)節三というのはなかなかの穎才(えいさい)にちがいない。ああ一夜あけたら――」
 と意味ありげなことを呟(つぶや)くと、それから急に足取りを早めて有楽町のほうへ歩いていった。作者はこれから古市加十を銀座裏に引張ってゆく。どういう宿縁か古市加十はそこで、ある怪(あや)しい人物に邂逅(かいこう)することになる。これが波瀾万丈の怪事件の端緒(たんちょ)になろうというのだが、その経緯(いきさつ)については次の章をお読みとり願いたい。


 二 加十、怪人物に逢う事 並に鶴の噴水の事

 服部(はっとり)の時計台はまさに九時を報じ出そうとする。銀座は今が人の出盛り。紋日(もんび)紋日にはわけもなく銀座へ銀座へと押出してくる物欲しげな人波が、西の片側道を小波(さざなみ)立てて流れて行く。夜会の崩れにしては時刻が早過ぎるが、粧々(けばけば)しいお振袖や燕尾服の白チョッキがそこここに横行するのはいかにも年越の晩らしい風景。古市加十(ふるいちかじゅう)が人波に押されながらコロンバンの前までやって来ると、八雲(やくも)町の交番のほうから燃えたつような夜会服(ソワレ)の裾をヒラヒラと蹴返しながら蓮歩楚々(れんぽそそ)として進み寄ってきた年の頃三十二、三の専太郎好みの乙な美人、古市のそばをすり抜けようとしてふと足を止めると、鶯(うぐいす)のような嬌声(きょうせい)を発して、
「アラ、古市さんじゃアなくッて」
 と、声をかけた。
 この婦人は村雲笑子(むらくもえみこ)といって四、五年前まではそうとうに鳴らした映画女優だったが、あんがい眼先のきくところがあって、映画会社の重役をのっぴきならぬ関係に嵌(は)め込み、人気のほかには収入(みいり)もない映画女優などは後足で砂をかけ、土橋に近い銀座裏のある町角に「巴里(パリー)」という秘密めかしいバーを出させてその女将(おかみ)におさまり、この二、三年のうちにもう十万は溜めこんだろうという評判のある才色兼備の婦人。
 笑子は古市と同郷の北海道のとある僻村(へきそん)の産で、古市が知っているころはその村の小学校の教師をしていたが、近親にあたる年下の青年とけしからぬ関係になったという風評が立ったと思うまにどういうわけかその青年は自殺をしてしまった。笑子はこの事件のために村にいたたまれなくなって東京に出てきて「白猫」というカフェーで女給に住みこんだが、はからずもこれが出世の緒(いとぐち)になった。
 加十の知っているころの笑子は燈芯(とうしん)のように痩(や)せた脂ッ気のない女ッぷりであったが、今では肩と腰にすこし脂肪が乗り過ぎ、それがどうやら笑子の悩みの種になっているあんばい。以前はすこし険(けん)のある乾いた眼元も今は色と欲の精脂(あぶら)でシットリとほどよく艶拭巾(つやぶきん)をかけられ、人を小馬鹿にしたようなしゃくった鼻さえもこうなればいっそ愛嬌(あいきょう)に見えようというもの。笑子はぴったりと古市と寄添うようにしながら、
「やっぱり古市さんでしたわねえ。かけ違ってちっともお眼にかからなかったけど、その後お変りはなくって」
 と一息に言ってのけると急にツと腕を伸ばして古市の手をとり、脂湿(あぶらじめ)りのするなまぬるい掌(て)の中へ加十の指先を巻きこみながら、
「加十さん、あなたぐらいの薄情な方はなくってよ、東京にいながら一度も尋ねて来てくださらないんですもの、お怨みするわ。あなたひどい方よ」
 と媚(なまめ)かしい眼元にありったけの思いをこめて怨(えん)じるように言う。
 同郷人の出世は古市にとっても慶賀にたえぬところだから、今から二年ほど前に一度「巴里(パリー)」へ敬意を表しに出かけて行ったことがあったが水一杯振舞われずに無情(すげ)なく追い返された覚えがある。下宿へ帰って気がついてみると、肩に白いザラザラしたものがついているから指先で摘(つま)んでチョイとなめてみると、これが塩っぽかった。このような訳柄(わけがら)だったから村雲笑子が今夜に限ってどうしてこんなに馴(なれ)々しくするのか、古市加十にすればまるで狐につままれたような心持ち。飽気(あっけ)にとられてただただ笑子を瞶(みつ)めるばかり。笑子は焦(じ)れったそうに加十の腕を揺すぶり、
「なんとか言ってよう。しばらくでした、くらいのことはお言いなさいな。ええええ、どうせ妾(わたし)は倫落(りんらく)の女よ、とてもお歯には合いますまいが、でも昔は教員室のあのぼろストーブでいっしょに尻焙(あぶ)りした仲でしょう、そんなに素気(すげ)なくなさらなくともいいと思うわ。そんな顔をして見せたって今夜はもうけっして離しゃアしないから。さア妾(あたし)といっしょに『巴里(パリー)』へいらっしゃい、あなたの薄情を思い知らしたげるから」と言って古市の手の甲へ血のにじむほど爪の先を突っ立て、
「どうだ、行くか行かないか。いやなら厭(いや)と言ってごらんなさい、こうして手をつかんだまま盗人(どろぼう)盗人って怒鳴ってやるから。どう、やって見せようか」
 笑子ははや、だいぶ底に入っている体(てい)でそういううちにも怪しき御気色(みけしき)になり、舗道の上に両股を踏ん張って真実いまにも喚(わめ)き出そうふうだから古市もとうとう兜(かぶと)を脱ぎ、ままよ、という気になって言われるままに引かれて行くことになった。両人は五丁目の角から折れ曲り、人目も恥じずに手をとり合ったまま銀座裏の暗い横丁へ。
 威勢のわるい姫小松が五寸釘で磔(はりつけ)になっている形ばかりの門松(かどまつ)の下をくぐって、酒場(バー)の扉(ドア)を引き開けると、とたんにワッと言うひどい諸(もろ)声とともに、高低さまざまに調子をはずした童謡の合唱が聞こえてくる。内部(なか)なる宴会はすでに大乱痴気になっている証拠。笑子の姿を見ると煙っぽい薄暗い片隅からヒョイと立上ってきた一人の紅毛人。これは加十も見知りこしのジョン・ハッチソンという「ホヴァス通信社」の通信員で、これが犬掻(いぬかき)泳ぎをするように泳ぎ出してきて、いきなり笑子の腰に抱きついたが、平手で思いきり横っ面をなぐられて、痛いです痛いですと叫びながら引き退っていった。だいたいこのような騒ぎのあいだを通り抜けながら笑子は加十を壁にそった奥まった卓子(テーブル)のほうに導いて行き、そこの椅子に加十を引き据えると、
「ちょっと待っててね、逃げ出したりしたら承知しねえぞ」
 と艶然たる睨みを一つくれておいて酒場台(コントワール)の横の赤い垂幕をまくると、そそくさとその奥へ入って行ってしまった。

……冒頭より


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