モーパッサン短篇集
「くびかざり」

モーパッサン/杉捷夫訳

ドットブック版 139KB/テキストファイル 82KB

300円

親しい友だちから首飾りを借りて舞踏会に出かけたマチルドは、帰り道に首飾りを落としてしまい、同じ首飾りを買って返すために借金を背負う。十年後ようやく借金を返すことができたが…意外な結末が印象的な「くびかざり」ほか、フランス社会の様々な階級の生活を活写した珠玉の短編集。この集には表題作のほか、「ジュール叔父」「ひも」「老人」「雨がさ」「酒樽」「帰村」「あな」「クロシェット」「港」の全部で10編を収めてある。

ギィ・ド・モーパッサン(1850〜93)フランスを代表する自然主義作家。「脂肪の塊」で一躍注目され、矢継ぎ早に多数の作品を生み出した。「女の一生」「ベラミ」「ピエールとジャン」など多数の小説以外にも旅行記、詩集、短編など。後年発狂し、精神病院で死去した。

立ち読みフロア
 運命のまちがいからとでも言いたげに、小役人の家庭にきれいなかわいい女の子が生れることがある。そういうきれいな娘の一人だった。持参金はなし、遺産のころげこんでくる当てもなく、身分あり金のある男から知られ、理解され、愛され、妻に迎えられる手だてはなかった。文部省づとめの小役人に望まれるがままに、結婚してしまった。
 身なりをかざってみようがないので、簡素で押しとおしたが、しかし、一段下の階級に転落した女がふしあわせであるようにふしあわせだった。けだし、女には元来身分も血統もなく、彼女たちの美しさ、彼女たちの魅力が生れや家柄の役をつとめるからである。彼女たちの生れつきのこまやかさ、優雅の本能、頭の働きのしなやかさ、それだけが彼女たちの唯一の等級であり、下層の娘を身分の高い貴婦人と同等の位置にすえる。
 すべての上品なもの、ぜいたくなもののために自分は生れてきているのだと感じているだけに、彼女の毎日の生活は苦しみの連続だった。すまいの貧しさが、壁の汚なさ、椅子(いす)のすりきれていること、張ってあるきれのみにくさが、苦しみの種だった。同じ階級の別の女だったら気にもとめないであろうような、こうしたすべてのことが、彼女を苦しめ、憤激させた。ブルターニュ生れの小女が彼女のささやかな家庭のただ一人の雇い人だったが、この小女を見るたびに、絶望的な後悔と、気ちがいじみた夢をかきたてられるのだった。彼女がいつも夢に描くのは、東洋風の壁かけを張りめぐらした静かな控えの間、背の高い青銅製の燭台で照され、短い半ズボンをはいた大柄の二人の従僕が大きなひじかけ椅子の中で眠っている。暖房器のおさえつけるような暖かさのためについ眠りこんだ態(てい)で。古代裂(こだいぎれ)の絹をはった大きな客間も彼女の夢想のうちにうかぶ。値ぶみのできない骨董(こっとう)的な飾りものをのせたきゃしゃな家具。ごく親しい内輪の友だち、女という女がその注意をひくことを願い、うらやましがるような有名人ばかり、そういう内輪の友だちとの午後五時の雑談のためにとっておかれる、いい匂いのたちこめた、しゃれた小さな客間も。
 晩餐(ばんさん)のとき、三日も洗わないテーブルかけをかけた円い食卓の前に、夫とさしむかいで腰かける。夫はスープ皿のふたをとりながら、うれしそうに声をはずませて、「やあ! うまそうなスープだ! こんなうまいものは知らんよ……」と叫ぶ、そういうとき、彼女は上品な晩餐の席のことを思わずにはいられなかった。みがきあげた銀器、妖精(ようせい)の森のまんなかに、ふしぎな鳥や昔の物語の人物を壁の上にひろげて見せる壁かけ、すばらしいうつわに盛って出される山海の珍味、にじますの桃色の肉か、脂ののったひなどりのやわらかい《てば》を口にはこびながら、ささやくほうもきくほうもなぞめいた微笑をうかべて、やりとりする、女性のごきげんをとり結ぶ会話、そういうものを思わずにいられなかった。
 彼女は晴れ着も持たず、装身具を持たず、なに一つ持っていなかった。しかも、そういうものだけが彼女の好きなものだった。そういうもののために自分はつくられているのだということを彼女は自覚していた。ひとに気にいること、ひとからうらやまれること、あだっぽく、ひとからちやほやされること、これが彼女の切なる願いだった。
 彼女にはお金持の友だちが一人いた。修道院の寄宿舎の同窓で、今ではもう会いに行く気がしなかった。それほど会って帰ってくるときの気持がたまらなかった。幾日もつづけて泣き通すことがあった。腹だたしさとくやしさと絶望と悲嘆とに心をかまれながら。


……「くびかざり」冒頭

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